花売り娘とお隣さん・1
日が暮れて戻った部屋の窓には、色褪せた赤いリボンが結んであった。
母さんとお客さんがいる気配が、部屋の外まで伝わってくる。入れない。
リリーは一日抱えていた花籠を足元に下ろした。
昼間ラウールに渡されたお金は、考えてトムのおばさんに預けた。持って帰っては、いつか母さんに見つかると思えば、家には置いておけなかった。
「あんた、こんなによく貯めたねぇ」と、おばさんが誉めるのを訂正しないでおく。
本当の事を話せば、ラウールを匿ったことを隠してはおけない。
「おばさん、このお金のこと誰にも内緒にしてくれる? ……トムやおじさんにも」
一瞬間をおいたおばさんは、何を思ったのか深く頷いた。
「わかった、言いやしないよ。男共が余計な詮索をすると煩わしいからね」
何となくの思いつきだったけれど、言われてみればそこが気掛かりだったように思えた。
あんなにお金を貰って本当に良かったのかと、赤いリボンを眺めながら自問するリリーの耳に、階段を踏む足音が聞こえた。
「こんばんは、おじさん」
小声で先に挨拶する。角から姿を見せたのは隣の部屋に住む男性だった。
頬から顎に髭をはやし、小柄ながらもがっちりとした体格の中年男性は、見た目に反して優しい言葉使いの気の好い人だ。
「珍しいね、お姉ちゃん。母さんと喧嘩でもして出されたの」
リリーに合わせて小声で話す隣人に、リリーは黙って赤いリボンを指差した。
そういうことか、隣人がワケ知り顔になる。
「いつもは、友達の家にいくって言ってたのに、今日はどうしたの」
坊ちゃまの所へ言っても良かった。行けば暖かい部屋も食べ物もある。
でも今日は行く気にならなかった。
「朝まで待つ」と言ったラウールがどうの、というより、坊ちゃまやおじ様の前でいつも通りに過ごすことが、難しいように思えた。
うまく言えないけど。
リリーが黙って下をむく。
少し考えるか困るかした間をおいて、お隣さんが話し出した。
「お姉ちゃんの母さんは、よい母親とは言えないけど、仕事はプロだね」
――何を言うのだろう。目だけを動かして、隣人の顔を見れば、あざけりの色はなかった。
「客のいない時には、ひどく咳き込むことがあるのに、客のいる間はピタリと止まる。あと、客によって別人みたいに態度を変える。声の調子から大きさまで、好みに合わせてるんだろうね、そりゃもう見事なもんだ」
それはつまり隣室へ仕事中の声が筒抜けという話で。いくらなんでも誉められてはないだろう。
「うるさくて、ごめんなさい」
誰だって他人のあんな声は聞きたくないに決まっている。
母親のかわりに身を小さくして謝るリリーに、隣人は「そうじゃなくて」と首を横に振った。




