ラウールの恩返し・1
「お兄ちゃん」の名はラウール。今日初めて知った。
市場のパン屋で買ったパンに、トムのところで茹でたソーセージを挟んでもらい、近くの空き家の裏口にラウールと並んで腰かけた。
「ちびはリリーって名前だったのか」
店番をしていたトムのおばさんがリリーと呼ぶのを聞いていたラウールが、聞くともなしに呟く。
病気の母さんの話をしたとも覚えていなかったリリーは、道々ラウールの「親父」の話を聞くうちに「そういえばそんな話もしたんだったか」と思い出した。
「ちびも花売りをしながら、その……売ってんのか、母さんにみたいに」
言いにくそうに口ごもる。
――「売ってる」母さんの仕事を隠したことはない。みんな知っているから。
「春を、ってこと?」
つまり身体を。あっけらかんとリリーが返すと、ラウールはパンを喉に詰まらせたらしく、ぐうっと妙な音を立てた。
水がいるだろうかと様子を窺うリリーを、大きな目が横目で睨む。
「――言い方があるだろ」
大人なのに、しかも男の人なのに恥ずかしいらしい。そんなラウールに教える。
「まだ。法律が変わって、十三になるまではダメになったの」
最近できた法律は知らなかったとみえ、ラウールは分かりやすくほっとした顔をした。
「――間に合ったか。なあ、そんな仕事がしたいワケじゃないだろ。悪いことは言わねぇから、一緒に来いよ」
――何を言っているのだろう。リリーはまじまじとラウールを見つめた。
「ここじゃあ、皆がちびと母さんを知ってて、なんも出来ねぇだろうが、オレと来れば誰も知らない町へ行ける。そこなら他の仕事もできるし、ちび一人くらいオレが養える。ちびの母さんが死んでたら、絶対に連れてくつもりだった」
驚くべき話に冗談かと思えば、ラウールの顔はどこまでも真剣だった。
そんな風に言ってもらえるような事をした覚えはない。だいたい今日会うまですっかり忘れていたのに。
「それを言いに、わざわざ来たの?」
「さすがに、それはねぇな」
リリーの問いは即座に軽く笑い飛ばされた。
「あん時は母親に何も言わずに海を渡っちまったから、親父が様子を見がてら挨拶してこいってうるさくて。ついでに、ちびに借りてた金を返しに来た」
あれは勝手にしたことで、頼まれてもいない。あげたものだと断るリリーに、ラウールは断固とした口調で言いきる。
「女に金を借りたままなんて最低だろ」
そう言って押し付けられた硬貨は、どうみても多すぎる。こんなには貰えない。
「今はまともな仕事で稼いでるし、利息だ。有って困るもんでもねぇ。ちびが逃げる時の資金にとっとけ」
逃げる時などと、どこまで本気か分からない発言をして、返そうとしてもラウールは頑として受け取らない。
「ありがとう、お兄ちゃん」
結局リリーが折れて、硬貨を籠へと大事にしまった。
「四年ぶりか、ちびは大きくなって可愛くなったな」
見違えたと、しげしげと見られて、リリーは気恥ずかしくなった。
「お兄ちゃんだって、カッコよくなってる」
お返しに言うのではなく、本当にそうだ。
話数が多くなっておりますが、お読みくださりありがとうございます。
リリーはこの後、学校に行ってお友達を増やし、紆余曲折を経てシスターになり、ワケあり幼子を育て上げなくてはならないのに、まだ十二歳……
皆様にどこまでお付き合い頂けるだろうと、心配に。
いいね・ブックマーク・評価等、進む力になっております。こちらもありがとうございます。
この後は、もちろん貴公子登場です。
☆明日もお目にかかれますように☆




