小さな花売り娘の秘め事・6
市場から港に、週に二回荷馬車が出る。
顔見知りのおじさんと話して前払いでお金を渡したリリーは、翌朝またこっそりと墓地の物置小屋へ出掛けた。
「明日の朝、荷を積むのを手伝えば、港まで乗せてもらえる」と伝えた。
「荷を積むだけでか? そんなウマイ話があるかよ」
外れてはめたという肩を軽く動かしながら疑いの眼を向けられて、リリーはあっさりと答えた。
「先払いした」
リリーの言葉に男性がぎょっとする。
「そんな金どっから」
「ちょっとだけ貯めてたし、おじさんはいい人だから」
月末に母さんに渡すはずのお金だ。毎月ツケの支払いの足しにとあてにされている。なければ平手打ちくらいはされるけど、悪いのは自分だから当然だとリリーは割りきった。
それよりこのお兄ちゃんに早く出ていってもらわないと、忙しくて仕方ない。平手打ちひとつで済むならその方がいいと思った。
開いた口のふさがらない様子を気にせずに、馬車の止まる位置やおじさんの容貌を細かく伝える。
最後にと食べ物を布にくるんだものを餞別がわりに押し付けた。
船に乗ったら食事は出してもらえるらしいけれど、すぐに船が出るかどうかもわからない。
ケガをした上に食べていなくては力も出ない。港まで行って雇ってもらえなかったら、大変だ。
「ちゃんと明日早く起きてね。わたし、もう来ないから、ぜったいに馬車に乗ってね」
何か言われる前にと早口に念押しする。荷馬車は嫌だとか、明日はダメだと言われては困る。
これ以上なにも出来ないから、さっさとオヤジの国へと行ってほしい。リリーはくるりと背中を向けると、一目散に駆け出した。
その後、傷だらけの男性を匿ったことは誰にも言わなかった。
物置小屋へは、数日してから一応寄ってみた。そこには何も残っておらず人がいた形跡もなかった。
善いことなら自分から言うことじゃない。それよりも、悪い事をして逃げているのに匿っていたなら、こっちにもお咎めがあるかもしれない。
誰にも会わなかったし、何もなかったと思うほうがいい。
母さんにはやはり平手打ちをされた。何に使ったのかと厳しく聞かれなかっただけ良かったと、リリーは自分をなぐさめた。
しばらくは頬が腫れたけれど、トムだって他の子だって、悪い子や大人の言うことのきけない子はぶたれるものだ。気の毒そうにしても、誰も何も言ってはこなかった。
そうしてリリーは、そんな事があったのも忘れた。




