小さな花売り娘の秘め事・5
リリーは近所のおばあさんに、手作りの湿布をもらった。真ん中のいいところは売り物なので、大きさを揃える為に切り取った端だ。
男の子とケンカした時や、転んで青くなった時にもらいに行く。「トムのぶんもちょうだい」とねだるとたくさんくれた。
かわりに花をひとつ置いてくる。そのお礼にと何回分かの痛み止めをもらった。飲めば「治らないけどしばらく動ける」ようになるらしい。
汚れた服は洗えばキレイになるとしても、破れを繕うのはリリーでは難しい。悩むうちに教会の「喜捨箱」を思い出した。
不用品を必要なひとへと回す為の箱だ。服が入れてあれば教会の婦人会の人やリリーが洗濯し、欲しい人が持っていく。
そこにシャツとズボン、色のあせたマントがあった。人のいない隙に選り分け、見つからないよう隠す。
八百屋の裏で傷んで売り物にならないリンゴを拾ったリリーは、真っ昼間にある意味堂々と物を運んだ。
「いる? お兄ちゃん」
外から声をかけると、ほどなくドアが開いた。内へと滑り込む。木の壁の隙間から日が入り暗くもないが、熱のある身で夜は寒かっただろうと思う。
「ほんとに来たんだな」
昨日よりはしっかりとした声で呆れたように言った男性は、どかりと座った。
来なかったらどうするつもりだったんだろう、と思いながら、花籠から花のかわりに物を出した。
「これリンゴ、悪い所は食べないで。はい、パン。古いから固い」
湿布、服と並べると、男性が分かりやすく驚いた。
「盗ってきたのか」
今度はリリーが目をむく。
「市場で捨てられてた物と、もらったものと、教会の寄付よ」
疑われてはたまらないと口を尖らせるリリーに、男性はすぐに謝った。
「悪い、そんな生活をしてきたから、つい疑っちまって」
――そんな生活。リリーは関わりを持たないが、まったく見聞きしないわけじゃない。この界隈にもスリやかっぱらいはいる。わざわざ聞くことじゃない。
「お兄ちゃん、どこか行くとこだったの?」
この街で暮らすつもりでもないだろうと、痛み止めを手渡しながら聞く。
「オヤジんとこへ行く。何年も前、公都の暮らしに見切りをつけて『国へ帰ろう』ってオヤジが誘ったのに、母親は断った。で、オレもこっちへ残った」
乾き気味の唇を舐めて続ける。
「母親は去年再婚して出ていった。それから色々あってオヤジんとこへ行こうと思った。仲間から抜けるのに話をつけようとして――このザマだ」
自嘲気味に言い「肋骨がやられてる」と湿布を貼る。血は出ていないが、広い範囲で赤黒くなっている。
腕を動かすのが大変そうだと、リリーも手を貸す。
「オヤジの国は遠いの? 歩いて行ける?」
真面目に聞くリリーに、可笑しそうにしながら頷く。
「歩いては……無理だろ。船だ。来週、港から出る船が下働きを探してると聞いた。その船に乗る」
「お金はあるの?」
聞いたリリーに向けて首を横にふる。
「とられた。船に乗りゃあ金はいらないし、下りる時には給金がもらえる。港まで行く金さえあれば……」
ケンカに負けて巻き上げられたのだろう。弱いから仕方がないのかもしれないけど気の毒だ、とリリーは思いやりを込めて見つめた。
「……憐れまれてねぇか、オレ。こんなちびに」
男性が呟くのには答えず、リリーはすっくと立ち上がった。
考えるべき事がいくつもある。花も売らなくちゃならないし、頭も働かせなければ。
「もう私行くね。また明日くる」
唐突に動き出したリリーに面食らった様子で「おぉ」と男性が返す。
リリーは「じゃあね」と軽く手を振り、勢いよく飛び出した。




