小さな花売り娘の秘め事・4
上手く言えなくても気持ちは伝わったらしい。
右腕を庇いながら壁に背をつけたままで、男性が立ち上がった。
「オレを騙して、大人に売ったりしないだろうな」
底光りする目で凄むように言われて、うなずく。悪いことをするつもりがないから、怖くもなんともない。
「いくらになるのか知らないけど、人買いの知り合いはいない」
聞いた男性は、一瞬ポカンとした顔から「ははっ」と笑顔になった。
「そうだろな。そんなんと知り合いだったら、真っ先にちびが売られてるよな」
動きだしこそ大変そうだったけれど、一度歩き出してみれば人目につくほど遅くはない。
はた目には、子供のリリーに合わせて歩みを遅くしているように見えたかもしれない。
夕闇にまぎれてシャツの汚れも、他の人より薄着なのも目立たない。
教会までの二十分をなんとか歩き通し、暗い墓地の奥まった木陰にある小屋へとたどり着いた。
リリーがガタつく木戸にもたついていると、「かわれ」と言い男性がぐっと力をこめる。簡単に開いた。
暗くてよく見えないけれど風は多少しのげると思うのに、「外と変わらねぇな」とぶるりと震えながら感想を口にする。
「外から見えないだけ、さっきのとこよりいいと思う」
返答がないので、リリーはそのまま続けた。
「明日、食べるものを持ってくる。水は隣に井戸があるわ。ここへは誰も来ないけど、墓地にはたまに人が来る」
「ずいぶん詳しいな」
「手伝いをするとパンをくれるから、よく来てるの」
だから私がチョロチョロしていても誰も何とも思わない、と伝える。
合点のいった様子でゆっくりと腰をおろした男性からは、まだ少し血の匂いがする。
「お兄ちゃん、他にもケガしてる?」
「いや、切れてはない。スリ傷くらいだろ。腹とか脚は打ち身だ」
「肩は?」
先ほどから左手で支えている右腕はいいのか。リリーの視線に答えるように、男性が軽く右腕を握って開いた。
「外れただけだ。戻したから、日がたちゃ勝手に治る」
ケンカかもしれない。友達と取っ組み合いのケンカをして負けたんだろう。きっとスゴく弱いんだ。
ケンカは弱いほうから仕掛ける事が多いらしい。負けるなら止めればいいのにと思いながらも、リリーは同情した。
「オレはここにいるから、ちびはもう帰れ。暗くなると親が心配すんだろ」
親は心配なんかしない。今日はあの場所で寝たいからお兄ちゃんを動かした。という説明は省く。
「お兄ちゃん、また明日」
言ってリリーは、背中を向けた。




