小さな花売り娘の秘め事・2
あれはまだ花売りになって一年もたっていなかったと思う。秋になりかけだった。
花売りになったのは七歳。本当に小さい頃は、母の客が来ると戸棚の中にいたけれど、六つの頃には外に出されるようになった。
どうせ外にいるのならと花売りを始めて、自分の食べる分くらい稼げるようになった頃だった。
その日は母の客が泊まりかどうかが分からなくて、いつもの店先の陳列棚の陰で寝ようかと考えながらそこを通ってみると、先客がいた。
お腹を抱えるようにしてうずくまって寝ている男の人。大人じゃないかもしれない。
通る人がちらとも目を止めないのは、物陰で目立たないのと帰宅を急いでいるのと、面倒を避けるためだと子供のリリーにもわかった。
でも、そこにいられては自分の居場所がない。他の場所へ移ってもらうなら日がすっかり落ちてしまう前だ。
リリーはそろそろと近寄って、丸まる体を見おろした。
どこかでひどく転んだか、狭い場所を潜ってきたかのように服は泥とホコリにまみれていて、所々が破れている。
日焼けした濃い顔立ちの額から流れた血が乾きかけ、こびりついていた。
――死んでいたらどうしよう。
おろおろと周りを見回しても見知った顔はない。自分がやらなきゃ誰もしてくれないと悟った。
「お兄ちゃん、だいじょうぶ? お兄ちゃん」
リリーの呼び掛けに返事はなく、ぴくりとも動かない。
とてつもない勇気が必要だったけれど、手を伸ばして肩のあたりをゆすった。
「うっっっ」
不快感を露にしたうめき声が漏れた。どうやら痛むところを触ってしまったらしい。リリーは慌てて飛び退いた。
死んではいない、でも動く様子はない。歪めた唇は白くカサつき口の端まで血がついている。
少し考えてリリーは立ち上がった。
一番近い共同水汲み場へ行く。手巾を濡らして軽く絞り、誰かが置いていったカップに上まで水をいれて戻ると、うずくまる人は全く同じ姿勢でそこにいた。
顔に血なんかついていたら、道を歩けやしない。
隣にしゃがんでまず顔の汚れを拭きにかかった。
「冷て……」
ボソリと声がした。うっすらと目があきリリーを見たが、またすぐに閉じた。特別驚いた感じもないのは肩を押した時に気がついていたからだろう。
払いのけられないのをいいことに、口、鼻と傷から遠いところから拭いていく。
乾きかけの血を子供が力任せにごしごしするのは、お世辞にも心地よいとは言えないはずでも、文句を口にしないのは言う元気もないのかもしれない。
ドロドロになった手巾を洗いに戻ること三回。
ようやく汚れた顔と手がキレイになった。
額の傷は流血の割には浅そうに見える。まだ少し血は滲むものの止まりかけだ。
リリーはコップを手に持った。
「お水、飲みたいならここにあるけど、起きられる?」




