穏便な対応の結果
門番の仕事は多岐にわたるが、夜には閉じる門を遅く帰る住人のためにその都度開けることも、仕事のひとつ。
門番のおばさんが一週間前から「年末年始は花売りの子がかわりをする」と貼り紙をし、住人をつかまえては「子供は夜は寝るものだから、私のいない間は夜遅くなるな。でないと扉は開かず部屋には帰れないよ」と脅して、ではなく忠告していた。
そのおかげで夜中に帰る人は少なそうだ。
おばさんは二泊三日でお孫さん顔を見に娘夫婦の家へ。
「こんなに長く行かせてもらえるのは、リリーちゃんのおかげだよ」と何度も繰り返し言ってくれた。
今年最後の夜もあと数時間。みな既に帰って来ている気がする。リリーは、門番部屋に遊びに来るうちにすっかり顔馴染みになっている住人の顔を思い浮かべた。
ひとり住まいにちょうどよい広さの部屋ばかりのこの集合住宅は、設備もいいけれどその分家賃が高い。
そんなわけで「お金に余裕のある人ばかりで、他に比べれば格段に行儀がいい」のだと門番のおばさんが話していた。
門番部屋には小さな薪ストーブがあるが、足元は冷える。
リリーが椅子の上で膝を抱えて足先を手で温めていると、コツコツとノッカーの音が響いた。耳をすませば、またコツコツと音がする。
急いで飛び出し、横木を引いて夜間に使う潜り戸を開けると、少し頭を下げるようにして人が入った。
くぐり戸といっても、大半の人は普通に通れる。この方は人より少し背が高いのだろう。
「おまたせしました。お帰りなさい」
声を掛けて気がついた。いい匂いがする。
「坊ちゃま?」
エドモンドだった。
「のぞき穴で顔を確かめなかったのか」
無用心だと顔をしかめている。
「背が足りないの」
リリーの目の高さに穴があったら、見えるのは顔じゃなくて胸になる。
エドモンドが納得した様子を見せ「ロバートのミスだな」などと呟く。
「とにかく戸を閉めろ。ここは寒い、部屋へ行く」
リリーは言われた通りにした。手に下げたバスケットをガタつく机に置いたエドモンドが部屋を一瞥する。見回すほどに広くはない。
「ここも寒い。外と変わらない。お前はこんな所にいるのか」
母と暮らす部屋に比べればよほど暖かい。そう思ったけれど、わざわざ自慢することでもない。
「おじ様は?」
エドモンドが一人なのは珍しい。
「仕事があるので帰らせた。お前を寝せたら私も戻る。悪いが朝まではいられない」
そう伝えられてリリーは目を丸くした。
「坊ちゃま、そのために来たの?」
エドモンドは頷きもしない。
「お前の代わりに他の者に門番をさせてもよかったのだが、それではお前が承知しないとロバートが言うから」
当たり前だ。頼まれた仕事を放り出したら、次から信じてもらえなくなる。リリーは大きくうなずいた。
「明日の食べ物はその中だ。明後日の分はまた明日持って来てやる」
明日も来てくれるのかと、丸いリリーの目がさらに丸くなる。それを見るエドモンドの目元が和らいだ。
「お前のおかげで、思いがけず門番体験ができる。年越しとして一興ではあるが、今年限りとしよう」
言ってエドモンドは、これまたガタつく木の椅子を薪ストーブに寄せた。
「来い。お前でも抱えていなければ寒い」
ひとりじゃなくなっただけで、お部屋は暖かくなったと思うけれど。
坊ちゃまを寒がらせては申し訳ない。リリーは急いでエドモンドの手におさまった。軽々と膝に抱き上げられる。
去年のこの時間は、坊ちゃまのおうちにいた。
今年は門番部屋で、来年はどこにいるのだろうと思いながら、エドモンドが寒くないようにと、リリーはきゅっと身を寄せた。




