貴公子は穏便な対応を望む・2
離れていてもリリーの目が涙で盛り上がっているのが見てとれる。今にもこぼれそうだ。
「早く来い。そのクマも一緒でいい」
待ちきれないエドモンドが手を伸ばし、クマごとリリーを抱えた。
エドモンドの声がけが、リリーの涙を誘ったらしい。「ごめんなさい」と繰り返し謝る涙声に、ロバートは胸をぐっと掴まれる心地がした。
「怒ってはいない、泣かなくていい。なぜお前が謝る。お前は何もしていないだろう」
リリーが「ふぇっ」と声をあげた。しゃくりあげている。エドモンドが頭を撫でているが泣き止む気配はまるでない。
「――叱ってもないのに、なぜ大泣きになる」
公国を代表する貴公子は困惑を深め、優秀な家令に助けを求めた。
エドモンドがリリーに翻弄される様子は、ロバートには微笑ましく感じられるが、口にして主の機嫌を損ねたりするような愚かなまねはしない。
「私は女性を泣かせた事がございませんので、その分野はエドモンド様の方がお詳しいかと存じます」
「――人聞きの悪いことを言うな。コレは女性ではなく子供だろう。子供のいるお前には、泣く理由が分かるはずだ」
「うちの息子は、そういった繊細さを持ち合わせてはおりません。お役に立てず恐縮です」
――本当に役立たずだな。とでも言いたいのか、エドモンドの顔つきが険しくなる。それすら美しいのが罪作り。
主従が不毛な会話をするうちに、少しずつリリーは静かになり泣き疲れて眠ってしまった。
楽な姿勢になるよう抱え直したエドモンドが、リリーの頬を両手で挟み額をつきあわせる。久しぶりに「バックドア」とやらで読むつもりなのだとロバートは悟った。
便利ではあるが、人の記憶を覗く行為はかなりの精神力を要するらしい。
「子供だから読みやすいはずだが、それでもひどく疲れる」とはエドモンドの弁だ。良いばかりの術ではないらしい。
「いかがでしたか」
案外早く手を外したエドモンドに、ロバートが尋ねた。
「コレもよく分かっていない。母と話した感触から、嫌なものを感じとっただけのようだ。身を守る事に関してのコレの勘は鋭い。もっと自分の感覚を信じるよう教えねば」
自分でも不安に思っていたから、話すうちについ涙が出てしまったのだろう。
「いかがいたしましょう」
ロバートの問いかけに、エドモンドの瞳がすっと冷えた。
「門番女に休みをやれ。年末は娘の所へでも行かせて、コレに留守番を引き受けさせろ。呼ばれたパーティーの『仕込み』の報酬の相場より上乗せして提示し、それで母親が聞き入れなければ、別の手を使う」
別の手、次の策は自分が練らなければならない。ロバートはそう解釈した。何としてでもリリーをパーティーには行かせない。こんな子供のうちから大人の醜さなど見るべきではない。
様々に思案を巡らせていると、若き主と目があった。
酷薄にも感じられる笑みが、形の良い唇に浮かぶ。
「出来るだけ穏便にな、ロバート。――まだ」
「かしこまりました」
返す自分が今浮かべている笑みも似たようなものだろうか。思うロバートの耳にエドモンドの呟きが入る。
「ますますカウントダウンパーティーが、嫌いになった」
心から賛同致します。無言のうちに同意を示したロバートは「穏便」――エドモンドにとっての――の範囲について考え始めた。




