うさぎとクマを抱く貴公子・2
昼間の慈善パーティーでは、ロバートもエドモンドの側で話を聞いていた。
慈善活動家は熱意のあまり、社交辞令や逃げ口上を「賛同」ととらえてしまうことがある。
例えば「興味深い」と言っただけで「大変乗り気で支援をお約束下さった」と取る。
エドモンドはそういった誤解を防ぐため、微妙な会話は家令ロバートへと引き継ぎ、過度な期待をさせないようにしていた。
そんな会話からの流れで、相手が触れたのが留学の話だった。エドモンドは既に別の参加者と歓談中だ。
「共和国からエドモンド殿下に留学のお誘いがあるそうですね」
この場合の共和国とは、いくつかの公国が同盟を結び他国とは共和国として対応している、セレスト公国からは陸路より海路で行くことの多い国をさしているのだと、ロバートは理解した。
「法整備に力をいれようとしている国が、話題のヒヨコ法案の立案者であるエドモンド殿下にお越し頂きたいと熱望しているそうじゃありませんか」
相手はロバートも当然知っていることとして、勝手に話を進めていく。
「――なんて言うのは表向きで、跡取り姫の婿にと望んでいるのは丸わかりですがね」
そこまで言われれば、ロバートにも共和国のうちでも「あそこか」と思い当たる国はある。
小さくはあるが長く安定しており不安要素の少ない国だ。ただ、わざわざエドモンドが婿入りする必要はない。
「エドモンド殿下とタイアン殿下のお妃選びは、ご令嬢方の最大の懸念事項ですよ。お早くお決め頂かなくては、婚期を逃す乙女がたくさん出そうですな」
自分は情報通であると誇示する相手に、ロバートは微笑のみを返した。
若き主が話さないのは、必要がないと考えているからだろう。ならばロバートから聞くわけにもいかない。
エドモンドが婿入りするとなれば、ロバートにも影響は大きいのだが、それはロバートの問題であり主の知った事ではない。この件に関しては、弟殿下の侍従長ファーガソンにそれとなく探りを入れようと考えた。あまり気は進まないが。
ロバートが昼の会話を思い出していると、エドモンドが顔を向けた。
「来い」と言っている。膝の上でぐっすりと眠り込むリリーが目覚める心配はないが、それでも慎重に近寄ると、クマを目で示された。
内側の冷めた石を温かいものと入れ替えろ、と言っているのだろう。
ロバートはリリーの抱えるクマをそっと持ち上げた。少し動かした途端にぎゅっと抱え直される。
驚いたロバートは思わず手を離した。
見ていたエドモンドの口角があがる。何事かリリーに囁きながら小さな手を両手で包み込んだ。
「むにゃ」とか「ふむ」という音がリリーの口から漏れ、エドモンドが「今抜け」と言うのに合わせて引くと、多少身動ぎしたものの無事にクマのぬいぐるみを引き離せた。
替わりの石はほどよく温めて用意済だ。ロバートが部屋を出ようとすると後ろから声がかかった。
「そのクマに名があるのを知っているか」
リリーが呼ぶのは耳にしていない。返答をする前にエドモンドが教えた。
「クマ執事のロビン、だそうだ」
エドモンドの片頬に笑みが刻まれる。ニヤリとでも形容すべきか。
「コレがいつポロリと言うかは知らないが、楽しみだな家令のロバート」
執事と家令は似たようなもの。ロビンはロバートの愛称のひとつだ。
読んだのか勝手に流れ込むのかはロバートの知るところではないが、若き主は異能で知ったのだろう。
「すぐにお持ちします」
頭を下げてクマと共に部屋を出たロバートは「クマ執事のロビンとは、なんとまぁ」と珍しく独り言を口にし顔の弛みを自覚した。
ぬいぐるみに名を付けるとは思いもしなかった。そしてそんな名をつけてくれるとは、身にあまる光栄だ。
クマに執事服を着せてやれば、さらに喜ぶかもしれない。ロバートは明日の仕事に人形作家への連絡を加える事にした。




