うさぎとクマを抱く貴公子・1
エドモンドと家令ロバートが茶会形式の慈善パーティーから戻ると、リリーはちょうど暖炉に背を向けてちんまりと座り、洗い髪を乾かしているところだった。
膝の上にはに茶色のクマのぬいぐるみを大事そうに抱えている。
「気に入ったか」
ひょいとクマの頭を掴み持ち上げようとするエドモンドは、まだ正装のままだ。麗しの貴公子とぬいぐるみの組み合わせは、違和感が凄い。
などと思う家令ロバートの目前で、リリーがクマを引き戻した。勢いよく取り返す。
「取っちゃダメ、坊ちゃま」
リリーの訴えに、若き貴公子は「私がこんな物を欲しがるはずは無かろう」と言わんばかりに反論した。
「ぬるくなっているのなら、ロバートに腹の石を入れ替えさせようと思っただけだ」
聞いているのかいないのか。リリーは、ぬいぐるみの腹に頬ずりをした。
「まだ、温かいわ」
ぬいぐるみのクマの腹部には、温めた軽石を詰められるようにしてある。
リリーの冬のお気に入りは「前面に暖炉、背中にエドモンド」だ。つまりはエドモンドの膝に乗って暖炉のすぐそばの床に座るのが好き。
ある日リリーの悲しげな「坊ちゃまがいないと寒い」という呟きをロバートは耳にした。
そこは「さびしい」が良かったのではないかと思うのは大人の言葉選びで、子供は正直だ。寂しいのではなく、ただ単に寒いのだろう。
エドモンドの到着までの間でもリリーが温まるものを。そう考えてロバートが人形作家に依頼して作らせた一点ものがこのクマのぬいぐるみ。
公国一の貴公子の膝に乗るぬいぐるみを抱いたリリーは、とても愛らしい。
ふくふくと幸せそうなリリーの顔は、抱いているエドモンドには見えない。心から気の毒に思いながら、ロバートはしっかりとその姿を目に焼き付けた。
リリーからクマを取り上げることを諦めたエドモンドが、脱いだ上着をロバートに手渡す。リリーが鼻をクンとさせた。
「坊ちゃま、いつもとは違うけど、今日もいい匂い」
ピタリ。エドモンドの動きが止まる。
「――嫌か」
リリーが小首をかしげる。
「いい匂いだから、嫌じゃない」
今日のパーティーには女伯爵エレノア・レクターを同伴していた。でなければ、貴婦人方に囲まれて帰りがよりいっそう遅くなったことだろう。
香りは女伯爵からの移り香。ロバートには違いが分からないが、子供の鼻は敏感だ。
「先に流してこよう。髪を乾かしてやるのは後だ」
ロバートに勝手に乾かすなと婉曲に告げて、エドモンドは浴室へと向かった。
言われなくても優秀な家令であるロバートは、主の楽しみを奪ったりはしないのであるが。
別の女性の香りをさせて淑女に会うなど、紳士としてあるまじき行為で。それは小さな淑女にも適応されるらしい。
「後で乾かしてくれるって」
そう話しかけクマを撫でながら大人しくエドモンドを待つリリーの愛らしさに、ロバートは頬をゆるめた。




