貴公子は花売り娘に食べさせたい・1
「リリー、ハムを持っていくかい?」
市場を抜けて家に帰る途中で、トムのおばさんが親切に声を掛けてくれた。でも断らなくてはいけない。リリーは首を横に振った。
「やめておくわ、おばさん。母さんが嫌がるから」
正直に答えるとトムのおばさんは、顔をしかめた。「あんたは栄養が足りてない」と言い、売れ残りを持たせてくれることが増えた。
「肉屋の旦那はお前を狙ってるんだろうね。そんな安い物につられたりしてはダメ。次から断っておいで」
持たせてくれたのは小母さんで、おじさんじゃない。何度言っても分かろうとしない母に、リリーが先に折れた。さすがにそれを、トムのおばさんにそのままは伝えられない。
「施されるのようで嫌なのかねぇ。あんたの母さんは」
おばさんがポツリと漏らす。そういうことにしておく。
「気にかけてくれてありがとう、おばさん」
「いいんだよ。反って悪かったね」
おばさんの方が母さんより優しい。リリーはもう一度礼を言った。
「食べさせてあれか?」
エドモンドが常と変わらぬ顔で尋ねた。前髪を全て上げた夜会スタイルで、その美貌にはさらに拍車がかかって見える。
今しがた小さく細い体で重そうに篭を提げて歩くリリーの脇を、馬車で通りすぎたばかりだ。
「それがなかなか上手くいきませんでして」
おじ様――エドモンド・セレストの屋敷を任される家令ロバート――が珍しく口ごもる。
「お嬢さんとよく一緒にいる元気な少年の両親が、あの市場最大の肉屋を営んでおりますので、拙宅への出入りを許可する代わりに、お嬢さんの世話をやくよう頼んだのですが」
ロバートが調べたところ、トムの両親は口も固く物の解った夫婦であると知れた。ロバートも低いながら爵位はある。出入り業者となれば箔も付く。肉屋の主人は提案を快諾した。
「雨のなかを小さな女の子が立つのを目にすると、何やら気の毒で」と言うロバートの言葉をさして疑いもしなかったのは、それが良識ある大人の共通意見だからだろう。
教会の孤児院へ寄付するよりは、よく見かけるあの子へ施したい。ただし本人の誇りを傷つけない形で、という提案に肉屋の主人トムの父親は「ありがとうございます」と返した。
予想外だったのは、リリーの母親ジェニーだった。リリーに受け取りを拒ませた。それならば親に隠れて食べれば良いと思うのに、リリーはそうはしなかった。
「人にモノを施すのは難しい事か」
エドモンドの問いにロバートは、しばし考える様子を見せた。