家令ロバートは腹痛をおこした・2
いきなり何を言い出すのか。
理解の範囲を超えていると伝えなければ、説明を省かれる。ロバートは困惑を隠さずにエドモンドを見返した。
若き主は、物分かりが悪いと舌打ちせんばかりに、わざとらしく息を吐いた。
言うまでもなく、公国一とうたわれる貴公子は、舌打ちなどという品のない行為はしないのではあるが。
「アレは熱がある」
思わず聞き返そうとするロバートに、エドモンドが重ねる。
「なにやら熱っぽい顔で目を潤ませるから、おかしいと思ったのだ」
では首に手を添えたのは体温を確認するため。額をつけたのは、手袋で感じ取れなかった熱を再度確かめるため。
ロバートの疑問は一気に解消された。
熱があるとは一大事。すぐさま引き返したいと思えども、今夜の集まりにはどうしても出なければならない。
それがなぜ腹痛に繋がるのか。
「早く切り上げるには口実がいる。私が体調不良を口にすれば多大な心配をされるが、お前の食あたりなら誰も気にしない。思いやり深き主が家令を気遣い帰宅を急ぐ。よい話だ」
なんという事を。ロバートは言葉を失った。
体調管理が満足にできず仕事に差し障りがあるなど、家令として恥ずべき事態だ。
それをよりにもよってタイアン殿下の侍従長ファーガソンに言えとは。彼なら言いふらしたりはしないだろうが、次から顔を合わせるたびに、体調を気遣う挨拶から始めるようになるに決まっている。
そしてそれは話がさらに長くなることを意味する。
「お言葉ではございますが、さすがに私の職業意識にかかわる事でございますので」
他の理由ならば受け入れますがどうかその理由はご容赦を、と懇願するロバートに、エドモンドは冷え冷えとした眼差しを向けた。
「お前のどうでもよい矜持の為に、熱にうかされた子供がひとり心細く家にいる時間を長引かせる、と言うのか」
ロバートとて、リリーの側にすぐにでも戻ってやりたい気持ちはヤマヤマだが、譲れない部分はある。
脂汗が浮きそうだと感じながら、エドモンドの視線に耐えていると。
「よい。お前がそうまで言うのなら」
急に声が穏やかになった。
わかって下さいましたかとほっとしつつも、どこか油断のならない気配を感じるロバートに、エドモンドが続ける。
「私は早く戻れれば細かな事には拘らない。都合よく抜けられる口実は、お前が自分で考えるのだな。――私よりよほど良い理由を思いつけるのだろう? お前なら」
形のよい唇に薄い笑みを浮かべさえする。
すぐにでもリリーの看病をしたいが、自分の名誉も守りたい。ロバートの額に汗がにじんだ。
「そろそろ着く頃か」
エドモンドが告げる。
結局、自分は仮病を使うことになり、しばらくの間ファーガソンに気遣われ続けるのだろう。人は諦めが肝心だ。
気持ちが伝わったらしい。
エドモンドの満足した顔を見ながら、ロバートは心のうちで白旗を上げた。




