カラスからヒヨコを守る法・2
よりによってこんな所で。何も今ここを通らなくても。
心が千千に乱れるロバートに向かってエドモンドが尋ねた。
「お前の息子がアレを泣かせていたようだが」
速度を落とした馬車の窓から見えたのは、今まさに泣かんとするリリーとそれを見てオロオロとする息子エリック。
エリックの後ろで、ハンカチでも探すのか手荷物をあさる息子の友人がいるのまで、見間違えようのないほどよく見えた。
「さようでございますか」
平然としらを切るロバートに、エドモンドが「お前も見ただろう」と目で問う。
「私はちょうど、報告書を確認しておりましたので、見落としました」
どこをどう取っても言い訳にしか聞こえなくとも、この返答が最善だと信じてロバートは言い切った。
言った以上、紙の束から目を離すわけにはいかない。若き主からの追求を逃れるためにも、更に熱心に読みこむ。
二か月ほど前に通った法案。手元にあるのはそれに改善や注釈を加える為の調べを任せた者からの報告書だ。急ぎ目を通したかったので、これ幸いとロバートは集中することにした。
「年少者保護法」通称「ヒヨコ法」
十三歳未満の少女が「大人といかがわしい行為」をした場合、これまで罰せられるのは「誘った少女」だった。発覚した場合、誘った少女が悪いとされ、男性側にはお咎めなし。
それを「おかしい」と指摘したのが、エドモンドだった。
「ヒヨコが自らカラスに近付くなど、あり得ない。恐怖で断れなかっただけかもしれない。万が一ヒヨコがカラスを誘ったとしても、話にのるカラスが悪いに決まっている。体格差体力差を考えても、罰せられのはヒヨコではなくカラスであるべきだ」
「施行しても金もかからず、また立派な紳士であられる諸兄には何の不都合もない。反対票を投じられるならば、ぜひとも問題点をご教授いただきたい。私にはその意味が理解できないのだから」
議会で挑戦的な笑みを浮かべたエドモンドに、真っ先に賛同の拍手を送ったのは弟タイアン殿下だった。
次いで、会議後にエドモンドと食事に行く約束があり、待つついでに傍聴していた女伯爵エレノアがよく響く拍手を重ねれば、あとは波が伝わるように拍手が広がってゆく。立ち上がって賛成の意思表示をする紳士も増えた。
最後は満場一致の様相をみせ、止まない拍手にエドモンドは軽く顎を引くことで謝意を示した。
「さすがの影響力だな」
エレノアの傍聴席からの援護に対して、エドモンドは礼を述べた。
社交界の華、エレノア女伯爵には信奉者が多い。彼女に良いところを見せようと賛同した者がかなりの数だと、エドモンドも理解している。
「なんと言うこともございませんわ。差し出口をお許しくださるのなら、女児だけでなく男児も同じく保護が必要かと思いますのよ。私には息子がおりますので、余計に」
今回の案は女児限定としてしまっていた。そこで分ける必要はなかったと、エドモンドはすぐにエレノアの意見を受け入れた。
そして「まだ改良の余地がある」と幅広く意見を集めているところだ。
エドモンドの例え話から、一部では「ヒヨコ法」と呼ばれるこの法律。確認したわけではないが「エドモンドのヒヨコ」の為であることは、主に聞くまでもない。
いつかリリーが困った時に、この法が一助になることを願って。ロバートは揺れる馬車の中で膝上の報告書を読み続けた。




