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雨の日に売れない花を抱えて・2

「名はリリー。市場よりも更に奥の貧民街に母親と二人で暮らしております。母親が乳児のリリーを連れて住み始めた時から父親はおらず、母親は街娼をして生計を立てております」


「街に立ち男を連れて部屋に戻ることもあれば、約束して部屋で会う事もあるようです。元は娼館勤めの公認娼婦だったようですが、病をえた事と子供が出来たことで外れ、今は私娼となっております」


聞いているのかいないのか、まるで反応のない相手に話し続ける。


「リリーお嬢さんは、七歳から花売りに立ち、母親の客のいない時間を見計らって家に帰るようです。今は十歳。花売りは生活の足しにはなるようですが、母親が病気持ちなこともあり、暮らし向きは楽ではありません」


「それにしては、マシな身なりではないか」

青年が言葉を挟んだ。


 主人の言葉に男性は内心驚いた。

貧民の生活などにまるで興味のない主人に「よく見る貧民の子供」と「貧民にしてはマシな身なりの子供」の区別がつくとは思わなかったのだ。


「『商品』だからでございましょう。未来の商品として陳列しているのと同じでございますから」


主人に分かるように説明する。


「全ての花売りがそうだとは申しませんが、あの地域に限って言えば、花を売りつつ『自分』も売っております。もちろんお嬢さんは、まだ子供ですからそのような事はございません」


「母親は自分が歳を取って客を取れなくなるのを分かっております。どうやらまともな店に勤めていたこともあるらしく、あの界隈の住人にしては珍しく読み書きが出来、娘にも教えたようです」


「周囲に吹聴しているようですよ。『あの子は高級娼婦にだってなれる器量だ。街には立たせない。金持ちの後妻か妾にして、私も楽な暮らしをするのだ。こんな場所は抜け出してやる』と」


「それで仲間内で嫌われ陰口を叩かれておりますが、本人は全く気に止めておりません」


今のところ分かるのはこれくらいだろうか。「おじ様」は口をつぐんだ。


「それをあの娘は知っているのか」

「無論、知っているでしょう」

「なぜ逃げ出さない」


 青年は窓の外から目を離し、表情を変えずに尋ねた。それすら判らない場所にいる。これを良い機会と男性はとらえた。


「逃げてどこへ行くというのです。貧民窟から逃げ出して孤児院へでも? そこではあの子は純粋過ぎるし利口過ぎる。妬まれて今よりひどい目に合うでしょう。下手をしたら、すぐに騙されて売られます」


「地域では可愛がられて育っている。自分で行ける範囲にこれより良い場所はない。それを知っているからどこへも行けないのですよ」


馬車内に沈黙が広がる。


「また分かったら知らせろ。まとめてではなく随時、だ」


 主人の顔からは何も読み取れないが、他人に興味を持つ事など初めてだ。見かけた野良の子猫の可愛さに目を止めるようなものだとしても。


畏まりました。男性が答え今度こそ本当に会話が途切れた。



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