ひよこのワルツ・2
「取られるのが嫌なら、こぼさずに食べることだ」
「――そうする」
エドモンドの視線を受けてロバートは器を手に取った。
「お嬢さん、クリームならおかわりがございます。もう少しいかがですか」
すくい上げるようにエドモンドを見るリリーの眼差しが熱い。
「仕方がない、今日だけだ」
尊大な態度でエドモンドが許可を出す。自分が勧めさせておいて。
「ありがとう坊ちゃま、おじ様」
満面の笑みでリリーが声を弾ませる。
エドモンドはゆったりと椅子に座りなおした。
「今日は先日より元気だな。良いことでもあったか」
リリーが考えて答えを出す。
「この間のアップルパイはクリームがなかったけど、今日はクリームがいっぱいだから」
「――そうではなく。何か変わったことがなかったかと聞いているのだ。花売りでも家でも」
クリームを指でパイにからめるリリーを黙認したエドモンドが辛抱強く返事を待つ。
「仲の良くないお友達が、お引っ越しした」
何でもないことのように言い、付け足す。
「トムに聞いたけど。お父さんが前に働いていたところでお金の持ち逃げをしていたの。でも見つかっちゃって、捕まる前に逃げたんだって。トムも大人の話を聞いただけだから、本当かどうかわからない」
エドモンドが「お前だな」と視線を家令に投げ掛ける。頷く必要すらないだろうと、ロバートは瞬きひとつを返した。
「そうか」
エドモンドはリリーの口にべったりとついたクリームを指で拭い、リリーが舐めるのを待ってやっている。
「ありがとう、坊ちゃま」
「お前のクリームだからな」
礼はいいと断りながら、あらかた食べ終わったリリーにエドモンドが聞いた。
「今日聞かせた曲のなかでお前はどれが好きなのだ」
「ひよこのワルツ」
そんな名の曲があっただろうかと、記憶を掘り起こすロバートの前で、若き主は黙ったままだ。
「すごくかわいかった。また弾いて欲しい」
ふわりと微笑んでねだる様子は、ひよこのバスローブと相まってどこまでも愛らしい。
「……あれは即興だから、全く同じようには弾けない」
やはり「ひよこのワルツ」はエドモンドが気まぐれに作った曲なのだとロバートは合点がいった。
「じゃあまた、そっきょうして」
即興の意味も知らないリリーが、そのままにねだる。
「――いつか」
エドモンドの一言にリリーが「ありがとう坊ちゃま」と嬉しそうにする。
その「いつか」はさして遠くないだろうと、家令ロバートは読んでいる。
どの貴婦人にも捧げたことのないエドモンドの即興曲。
それを聴くことの有り難みを全く理解しない小さな貴婦人のためのひよこのワルツ。
次回はぜひこっそりとでも聞こうとロバートは密かに決意した。




