花売り娘が天使様に出会う日・7
役人の言うことが理解ができない。老婆がそう考えているのが分かる。
「これからというところで未来を奪う、この上なく悪辣な呪術だ」
強く言い切ったエドモンドを見つめ、しばらく考えた後。
「ひ、ひゃ、ひゃひゃ」
老婆の引き笑いが響いた。極めて不快だと顔に出すエドモンドを見ながら、手を打つまでして笑う。
ここで「なにが可笑しい」と聞けば、相手は増長するだけ。笑いが静まるのを待つしかない。
「ああ、可笑しい。あんたみたいな化け物じみたお人でも間違えるんだね」
「頭を掴んで中を覗いたわけではないからな」
老婆の警戒する雰囲気が薄れる。
「やってもないうちから嗅ぎつけてここまで来といて、それを言うかい」
まだ実行に移してはいない、と。それは分かった。どのみちここで止めても現実世界には反映されない。エドモンドは「違う」と言われた理由を聞く気になった。
「ならば聞こう。理由を」
揺り椅子が軋む音が響き、老婆が口を開いた。
「私の傑作は『幸せの絶頂で時を止める術』さ。幸不幸は切り離せない、不幸と違って幸せは永遠に続くなんてことはありゃしない。端から見りゃ幸せでも本人は不幸と感じることだってある。違うかい? 」
個人的な感想に対し自分の意見を述べるつもりはないと、目顔で先を促す。
「リリーはいい子だよ。こんな場末にゃ似合わない。でも出ようがないんだ、ここからは。あたしには救ってやる力がない」
エドモンドは腕組みをして戸口に背を預けた。
「できるのは幸せの後の不幸を味わわせないことくらいさ」
老婆が疲れたように口をつぐむと、部屋に沈黙が落ちた。
そろそろリリーが戻って来る頃だ。エドモンドは問わず語りを始めた。
「信じる信じないは別として、私は将来リリーを妻とする。アレは近い将来学院で学び、長じては暖炉のある部屋で好きな甘い菓子を毎日食す。私としてはもっと贅沢をしてもよいと思うが、アレはその程度が『幸せの絶頂』らしい。衣食住に不自由がなければ満足している、私がいなくても」
老婆の言う『幸せの絶頂日』は自分の留守中ときた。そこを何と解釈すればいいのか、まったくもって面白くない。
目を見張った老婆に、腕を組んだまま肩をそびやかす。
「あんたさん……」
「質問は受け付けない、説明が面倒だ。私が知りたいのは術の解き方だ」
ぷっと老婆が吹き出す。横目に見る笑い顔は、美しいと言われたかもしれない若かりし頃を彷彿とさせた。




