花売り娘が天使様に出会う日・4
昼とも夕暮れともつかないこの世界にも夜はあるらしい。
エドモンドは「もう夕方だから花屋に籠を置かせてもらいに市場へ行く」というリリーに同行することにした。
持たせて申し訳ないという顔をするリリーに「私の買った花を私が持つのは当然だ」と返す。
「でも、お役人さん。今日はどこかへお泊りでしょう? お花困らない?」
素朴ながらもっともな質問だ。今夜寝る場所について考えていなかった。
「うちにどうぞって言えたらいいんだけど……」
顔を俯けるのは、母のことを話すかどうか迷うせいか。一段とか細い声になる。
「この辺の人に話を聞きたいって言うなら、母さんとも話す?」
リリーの父親と思しき赤毛の元軍人が異能持ちであることは確定している。一緒に暮らす「母」は異能持ちではないはずだ。ならば会う必要はない。
「いや、いい」
エドモンドの言葉にリリーは見て分かるほど安堵した。ふわりと笑う顔は儚く美しいものに感じられる。
コレの家には湯も火の気もないのだったか。どこかまともな宿に泊めてやりたい。エドモンドは思案した。
この世界のリリーは金茶の瞳とミルクティー色の髪から大公家を連想しない。だから影のような人々もエドモンドの素性を詮索しない。
リリーが「お役人」と言えば、エドモンドは役人と認識される。
そのあたり「さすがお前の夢だな」と以前の夢と同じ感想を伝えたくなる。
リリーの行動範囲には、隣の地区にある教会が含まれていた。そこが旅人を泊めると知っていたエドモンドは、司祭の愛想が良くなるほどの金額を花に添えて宿を乞うた。
高位聖職者が訪れた日に使うのだろう浴室付きの部屋の提供を受ける。
司祭の物わかりの良さに硬貨を積み増し「早朝から案内を頼んだ地元の娘」も泊めることにした。
自分の意思をよそに勝手に進んでいく話にきょとんとしていたリリーを部屋に連れて入り、髪を洗ってやり湯に浸かるよう申し渡す。
以前はロバートがしてやったのだったと思えば、何度目かの不思議な感じを覚える。
「お役人さんに、こんなことをさせては……」と縮こまるリリーに「どんな男にもさせるな」としっかりと言い聞かせたい。
「私はいいが他の者にはさせるな」
説得力のかけらもないのに、リリーは殊勝な顔で頷いた。
桃のように頬を色づかせて、湯気のたつほわほわのリリーのできあがり。
「髪を乾かす。暖炉に寄れ」
こくりとしたリリーが素直に暖炉近づくのを待って丁重な手つきで赤毛をすくい、熱が行き渡るように広げる。
「こんなに優しいと」
ぽつりとリリーが呟く。
「お別れがもうさびしい」
小さな肩に滲むのが孤独であるとは認めたくない。エドモンドは黙して髪を乾かした。




