花売り娘が天使様に出会う日・2
エドモンドはひとりの少年に目を止めた。茫洋とした世界の中で初めてくっきりと輪郭のある存在。
どこかで見たことがある、と記憶をたぐる――この子供は肉屋の息子トム。
直接の面識はないが、ロバートが肉屋の主人にリリーの見守りを頼んだため、エドモンドも遠目に顔だけは確かめていた。その頃より少し幼く感じる。
この子がいるなら近くにリリーがいるのではないか。少年の来た方向に目をやると、見つけた。
腕に掛けた花籠が大きく重そうに見える。不器用な感じに歪んだ三つ編みの赤毛もくすんでいるリリーだった。
いつまでも手に残ったのは、道案内の為に手を繋ぐと言われた日の華奢で簡単に折れそうな指一本一本の感触。
小さく弱い存在に導かれ励まされることの不思議を、エドモンドは何度も繰り返し思い返した。その頃のリリーよりあどけない顔つきで、唇をぐっと引き結んでいる。
夢だと理解していても、もっと早く出会えていればと思わずにはいられない。こんなところにいたのか。
リリーがふいっと頭を巡らせた。なにかを探すような眼差しになり、視線が交差する。
黙って見つめるうちに、リリーの丸い目が更に大きくなる。そして霧がはれるかのようにエドモンドの色だけが鮮やかさを増す。
周囲を歩く影のような人々が頭ひとつ縮んだ。
「天使さま」
リリーの声ならどれだけ細くても、聞き取れる。
「小さくとも言うことは変わらないらしい」
エドモンドが近寄る間、瞬きひとつしない。
「綺麗な花だ」
リリーは、はっとした顔をしてから笑顔を作った。
「お花はいかがですか」
これまで街角でリリーから花を買ったことはなかった。下町まで出向いて買うのは、ロバートの息子エリックの役目だったのだ。
エドモンドは籠いっぱいの花を見下ろした。
「コスモス、ポピー、これはベゴニア、どれも可憐な花だ。恋に関連する花言葉を持つものばかりを集めたのか?」
可憐と口にした時から花が順に色をつける。ピンク、オレンジ、白。見事な奇術のように、エドモンドの目を引く。
「それよりも美しいのは、お前の赤毛だ。暖かい日であれば頬は桃のように愛らしく色づくものを」
確信を持って褒めれば、リリーからくすみが取り払われた。赤毛はより赤くなり、頬はうっすらと赤みを帯びる。寒々しい街はリリーが価値を認めたものだけが存在感を持つ世界だった。
褒められたことに照れたのか、早口で言う。
「お花に詳しいのね。秋はお花が少ないんですって。私、花売りを始めたばかりだからよく分からないけど。おうちが明るくなるように色がキレイで幸せなお花ばかりにしたの」
買ってくれるのかと、小首を傾げる。花ぐらい籠ごと買ってやる。
「花売り、歳はいくつだ」
「ななつ」
道案内を頼むより三年も前だった。




