花売り娘が天使様に出会う日・1
街は薄暗い。エドモンドの目には、全体が灰色がかって見えた。
曇天であるせいかと視線を空へ向けて、建物の上部と空との境が曖昧であることに気がつくまでは早かった。
道行く人は多いのに、相貌がはっきりとしない。そして人より身長の高いエドモンドだが、皆同じくらいある。
手近な窓ガラスで自分の姿を確かめると、普段暮らしている荘園の別館で過ごす時の上下を着ていた。
いつかの夢にはリリーの好きな正装で呼び出されたことを思い出す。あれでは街を歩くのには不適切だが、この服装なら上出来だ。
手に持ったステッキは、仕込み杖ではないが硬い素材のもの。自分の希望が反映されると確信したエドモンドは、これならリリーを見つけることはそう難しくなさそうだと、小さく笑んだ。
立ち話をしている人の脇を通りながら聞き耳を立てても、内容は理解できない。
今いる通りから一本入った場所は同じように建物がある。しかし大通りを挟んで対面の建物は細部までしっかりとしていても、その奥は霞がかかって見通せない。
貧民街に近い大通りで間違いないが、実物ではなくリリーの記憶にある街だとの考えがますます強くなった。
『花売りにも縄張りがあって、大通りの向こうで仕事をするなら、場所代を先渡ししないといけないの』
だから行かないのだと言っていたことがある。道向こうの街に奥行きがないのはそのため。
この世界のリリーがいくつかは知らないが、花売りに立つ場所なら把握している。あの辻角と、その先の店先。出先から遠回りしてでも、馬車の窓越しに無事を確認して帰宅したものだ。
エドモンドはどこか懐かしい気持ちで歩んだ。
現実の貧民街だったらエドモンドやロバートのような者は歩くことはできない、と教えたのは子供のリリー。
市庁舎へ行かねばならないのに、荷馬車の横転による渋滞に巻き込まれた日。仕方がないと早々に見切りをつけたエドモンドと違い、ロバートは「間に合う手段を探してみます」と馬車を降りた。
諦めの悪い家令は、馬車がほとんど動かないうちに戻り「道案内をしてくださる方を見つけましたので、ここからは歩きましょう。申し訳ございませんがこれをご着用ください」と、御者から脱がせたばかりの風防マントを手渡してきた。
「信用できるのか」
こんな場所で見つけた者を。
露骨に疑念を表するエドモンドに、ロバートはしっかりと頷いた。
「時間的に厳しいかとは存じますが」
動き出しがいつになるのか分からない馬車にも飽きたところ。多少の好奇心が湧きエドモンドは腰を上げたのだった。




