白馬に乗って妃殿下登場・5
疾走する馬の背で、リリーは必死に手綱を握っていた。
騎乗者の合図で動くと習ったけれど、今日もまた馬が自分で動き出した。「乗り手の目線は進む方向ですよ」と言われても、コースが分からないので立っている係員を探してキョロキョロしてしまう。
太ももで支えないとお尻がずり落ちそうになる。頑張る太ももは、もう張りを感じる。
乗り手の技量が未熟なのは分かっているだろうから、もっと思いやりを持って接して欲しいと、ホワイトナイト殿に伝えたい。
技術的な問題で後ろをしっかり振り返ることはできないが、耳を澄ませても他に蹄の音はしない。本当にコースはこれでいいのかといささか不安を覚える。
「戻って『止まれ』をしたら、ちゃんと止まってよ」
聞いているのかいないのか。ホワイトナイトの態度は変わらなかった。
スピードを落としてくれたあたりから、ホワイトナイトと気心が知れてきた気がする。
「乗馬もいいわね」
などと話しかける余裕も出てきた。
お馬様も「風が気持ちの良い日ですね」と言っているのは、勝手な妄想。
急に乗馬のコツを掴んだように思うのは、この馬が貴人を乗せるためによく躾けられているからだろう。
「任せておけば安心ね」
急に気が大きくなって、リリーは背筋を伸ばした。
森から白馬が姿を現した。出た時ほどのスピードはないものの、リリーの騎乗姿勢に余裕を感じさせる。
「奥様、ご立派です」とそれだけでぐっとくるロバート。
「スカーレットを連れて来ているな」
主エドモンドの思わぬ言葉に一拍遅れたものの、すぐに肯定する。
「はい。お披露目のために」
スカーレットは牝馬だが脚が速い。今後公国競馬界で活躍が期待される馬として、皆にこの後お披露目するために、テラス下に馬丁が連れてきている。
自慢の若馬が幾頭も並ぶ馬揃えは、ガーデンパーティーの呼び物のひとつだ。
それがなにか。ロバートは主エドモンドの鋭い視線の先を追った。
スタート前には緊張で強張っていたリリー奥様の顔は、いつもの愛らしさを取り戻している。
先頭で帰ってこられたことに安堵しているのだろう。
リリーがテラスに向かい小さく手を振ると、馬もそれに合わせてすっと首を伸ばす。
「すばらしい調和ですこと」
周囲から拍手が沸き起こり、自慢の奥様だとロバートは誇らしい。
「……馬風情が」
この冷酷な物言いは。ロバートは、エドモンドの背中に黒黒とした闇色の羽を見たように思う。
プルデンシア妃殿下の愛馬がどうか? と軽く身を乗り出したロバートの眼前を、ホワイトナイトが通りすぎて行く。そう、通りすぎて。
「二周目!? このコースが気に入ったの?」
リリーの戸惑う声を聞き取ることができた。教科書通り手綱を引いて「止まれ」の合図をしているのに、馬はこの上なく上品に拒否して進む。
「さすがタイアン、躾がまるでなってない」
ホワイトナイトはタイアン殿下ではなくプルデンシア妃殿下の愛馬。などとロバートが言わなくてもご存知のはず「馬も自由だな、お前を含めて」という嫌味だろう。
庭につながるテラス脇の階段は、本日は使わないよう季節の花木を並べて通行止めにしてあった。
エドモンドはそこをめがけて駆け、花の柵を軽々飛び越す。
上着の裾がひらりと浮き上がる姿も様になる。
気がついた御婦人方から華やいだ声が上がった。




