姉君は冷血漢から気の良い娘を守ると決意した
「番外編ピンクのハートは誰のもの」の後日談です
リリアン妃とタイアン殿下の妃であるプルデンシア妃は、仲良が良いという噂がある。
根拠はふたりがしている指輪がそっくりなことにあった。ハート型のピンクダイヤモンドであの大きさは滅多にない。
妃殿下同士が仲が良いということは、そうは見えない殿下同士の仲も良好なのだろうと、人々は頷きあった。
(すべて私のおかげなのに、この男わかっておらぬな。そなたのことじゃ、冷血漢)
リリーの指を安住の地と定めたピンクダイヤモンドは、じとりとエドモンドを見つめた。
朝食の玉子の殻をいつものようにリリーの分までカットしているエドモンドは、手つきまで美しい。
(見てくれに騙される私ではないぞ)
宝石商の保管庫は石仲間も多く、皆から姉君と呼ばれ、居心地も良かった。そして同じ石からうまれたもうひとつのピンクダイヤは妹君と呼ばれ、今は弟殿下の妃の指にある。
大公妃の私的な集いで、リリーの指輪を見たプルデンシアが羨ましがり、タイアン殿下にねだったからだ。
(生まれも育ちも高貴な姫君を虜にするほどの私を「いびつ」なので「返品しようと思った」などと言いおって、許さぬぞ)
姉君の怒りはおさまらない。誰のものになっても輝きは変わらないと思っていた姉君は、ある日赤毛の娘に出会った。
「うわぁ、可愛い。キレイ。こんなキレイな石が世の中にあるのかしら」
見るなり浴びた称賛は心地が良かった。もの言いは品性に欠けるところがなくもないが、なかなか素直でよろしい。そして若いのに見る目があるのが素晴らしい。
(苦しゅうない、いくらでも誉めてよい)
姉君は誉めることを許可した。それからも時々暗い場所から出されては、日に透かされ手の上に乗せられ「可愛い、欲しい。こんなにキレイな石見たことない」と声を弾ませてのベタ誉め。
(そこまで言うなら仕方がない。そなたの物になってやってもいい)
「坊ちゃまは、誰にあげるのかしら」
聞いた姉君は猫目金緑石に似た瞳をまじまじと見返した。
(……そなたに決まっておろう)
少し足りないところがあるのかと、心配になる。
(これは私がついていてやらねば。この娘、あの冷血漢にいいようにしてやられる)
姉君が決意した瞬間だった。
朝になると連れ出され夜に戻されること数日。
ようやく赤毛の娘の手に渡った時には、石ながら疲れていた。
「私がお前以外に石を贈ることはない」
冷血漢が告げるのに(当たり前のことじゃ)と文句を言えば、娘に「石に話しかけるな」と偉そうに命じる。
足りないかと心配した娘は「坊ちゃまが一番好き」などと、見え透いた世辞を言う。うむ、世辞が使えるなら多少は安心できる。
姉君の波乱の日々はこうして幕を閉じたのだった。
「お前のその石は、騒がしい。もう少し気立ての良い無口な石を見繕ってやろう」
コーヒーを片手に言うエドモンドに、リリーは目を丸くした。
「坊ちゃま、石とお話ができるの?」
「いや」
そう? 可愛いばっかりでみんな誉めてくれるのに、とリリーは指輪を撫でた。
夜は「おやすみなさい」と宝石箱にいれ、朝「おはよう」と出すお気に入りだ。
格の高い夜会やお仕事にはできないから、そうでない時は身につけたい。
「キレイな石は好きだけど、指輪はこのコがいいわ。もうお友達なの」
(聞いたか、冷血漢)
満足する姉君に、エドモンドが凍てつきそうな眼差しを向ける。
フルーツを食べるリリーは全く気が付かない。
――お前を越える石を見つけてやる。その時には泣いて悔しがるがいい。
(そなた、聞こえるどころか話せるのか! 今まで隠していたとは……むうぅ、どこまでも卑劣な漢よ)
ますますこの気の良い娘を守ってやらねばならぬ。姉君は決意を新たにした。




