貴公子と奥様は今日も仲良し
リリーが窓辺から飛ぶように戻り、書き物をしていたエドモンドの腕をぐいぐいと引く。
「坊ちゃま、変な声がするからお外を見たら、大きくて妙な鳥がいる! それもニ羽。見て! 見て!」
迷惑そうにする主エドモンドが笑いを堪えていると、ロバートには手に取るようにわかる。
ご夫妻揃って異能持ちで、声なき会話をなさったりするのに、こういった時にその力が発揮されないのは不可解だが、それについて深く考えはしない優秀な家令ロバートである。
椅子から立とうとしないエドモンドに見切りをつけ、リリーがロバートへと相手を変える。
「おじ様、こうでこう。お尻の大きな羽根が目みたいで怖い!」
「――待て。『美しい』ではなく?」
エドモンドが口を挟んだ。
「あんな大きなのがいたら、もうお庭には出られない」
「奥様、ご安心を。ここまでは来ません」
先ほどかまってくれなかったエドモンドに見向きもせず、リリーはロバートに切々と訴えた。
エドモンドが無表情で置いた筆記具が、カタリと音を立てる。
リリーの言う「大きな鳥」は、王国のユーグ殿下が取り寄せたもの。噂を聞きつけた主エドモンドが、欠席するつもりでいた聖人認定委員会に出席してまで奪った――ではなく、譲り受けた孔雀というとても珍しい異国の鳥だ。幸せを運び縁起が良いとされている。
エドモンドの帰国に遅れること十日。ようやく到着し、リリーを驚かせようと庭に放したのが先ほど。
「再度聞くが、お前はあの鳥が庭を優雅に歩く姿を愛でようとは思わないのか」
「どこかへ飛んでいくまで、お家から出ません」
ふるふると首を振るリリーは、最近にはないほどロバートにくっついて離れない。
「お前は鳥好きだと思っていたが」
「小さいの限定」
エドモンドが瞬きを数度するのは珍しい。どうやら初めて知る事実だったらしい。
「奥様、それでも羊よりは小さいかと」
さすがに主が気の毒だと、ロバートは説得を試みた。
「羊はおとなしいから、私を襲ったりしない」
「孔雀も襲いません」
控え目に告げるロバートに、リリーは断固とした口調で言い返す。
「怖いものは怖いわ。羽根がもう、見るだけでぞわわっとする」
奥様、身震いは大げさでは。と思うロバートに、主が強い視線を投げかける。
ええ、承知いたしておりますとも。
「実のところあの鳥は王国からの贈り物でございまして、明日には別の場所に移す予定でございます」
今作ったばかりの言い訳をさも決まっていたかのように言うのは、ロバートにとり造作もない。
「そうなの」
あからさまにホッとするリリー。
エドモンドから「絶対に言うな」という圧がかかる。
綺麗なものがお好きな奥様が喜ぶと思ったのに怯えさせてしまったなどと、エドモンド様にあるまじき失敗をお知らせしたりはいたしませんとも。
しかしどこへ移せばいいのか。思案するロバートに、あっさりと解決策が提示された。
「母の庭に放って来い。新しもの好きなお仲間に見せびらかすのにちょうど良い。苦情は来ないだろう」
「お家へ入ってきたら、どうしよう」
リリーは心底心配している。
「それほどご心配なら、エドモンド様のお側にいては? 一番お強いのはエドモンド様ですから」
「そうする」
ロバートの真顔に、リリーもまた真剣な顔つきで応じる。
「坊ちゃま、いい?」
リリーがエドモンドにピタリと張り付く。
「そんなにくっつかれては、仕事にならない」
面倒そうにする主が満更でもないのは、見なくても分かりきっている。
「坊ちゃま、今日はお出かけしないのよね?」
「しない」
リリーが声を潜めて
「浴室も一緒に使おう?」
「どれだけ怖いのだ」
エドモンドがリリーを膝へ乗せる。
「一緒に入ってくれたら、坊ちゃまの髪を洗ってあげる」
「結構だ。お前がすると泡で遊ぶから無駄に長くなる。泡の帽子もいらない」
孔雀の鳴き真似をするリリー。「嫌がったのになぜ真似る」と冷静に返す主。
全て丸く収まったのを見届けて、ロバートはそっと部屋を後にした。




