貴公子は大人の余裕を見せつける
歩いて来るのはエドモンド殿下。ここは大公宮の廊下、おひとりでも危険はない。
こちらもひとりでいたジャスパーは立ち止まり、壁際に避け頭を垂れた。譲ったつもりであったのに、殿下は手前で足を止めた。
無言で待つことしばし。口を開いたのはジャスパーだ。
「殿下におかれましては、お変わりのないご様子。何よりと存じます」
面を伏せていても、つまらなそうに一瞥されたのは感じた。
ジャスパーよりエドモンドが少し背が高い。そして当然のことながら堂々たる態度には威圧感がある。――今日は特に。
あのことだろう、と察した。
「『友人』との再会は楽しめたか」
頭上から降った問いは「やはり」だった。
アイアゲートから「公子は非公式に来てるって聞いたから、みんなに会うの内緒にしてきた」と聞いた時には、絶句した。
馭者も馬車も殿下のもの、そして家令ケインズ殿が支度を整えたのだ。どう内緒にできると言うのか、出来ると思う方がどうかしている。
赤毛の同級生は優秀なのに、少し感覚のズレた部分が昔からあった。
後からお叱りを受けたのではないか。それがジャスパーには気掛かりだった。
「友人と会うのを禁じたつもりはないが、妙に自重するようだ」
独り言のようにおっしゃる。ジャスパーは無言を貫いた。
「アレには何も言っていない。いつ何を言われるかとこちらを窺う態度が面白い」
ジャスパーが目だけあげて表情を確かめると、公国一の貴公子には薄い笑みが広がっていた。
「私が何も知らないと判断し『このまま行けるのではないか』と安心して、たまに油断するのも、また可笑しい」
アイアゲートが気の毒になる。
「アレのすることで私が動じるなど何ひとつないと、いまだ理解していないらしい。誰がどんな想いで接しようとも私の優位性は揺るがない。ならば不機嫌になる必要もない」
言外に「違うか?」と含みがあるように思える。ジャスパーが軽く頭を下げるに留めると、質問された。
「妻子は息災か」
「はい」
「家内円満で何よりだ」
妻ジャカランスは遠縁にあたり、グレイ家後嗣となったのもひとり娘である彼女と結婚したからこそ。ジャスパーが今の立場を維持しようと思う限り、妻に恋人がいようとも家内は不和になりようがない。
これはただの嫌がらせだろう。この方も大人げがないと密かに考えていると、投げられる視線が冷ややかさを増した。
「また誘ってやってくれ」
一言残して用は済んだとばかりに、広い歩幅で去って行く。今のは余裕を見せたおつもりだろうか。
見送りながらアイアゲートの「最後に残るのは友情よ」を思い出していると、エドモンド殿下が肩越しにふり返った。
「セレスト家の男子は皆長生きだ。残念だったな?」
アイアの為を思うならそれは良き事です。ジャスパーは礼を深くした。




