遠い国から来た友人・11
「かわいいね、アイアは。変わらないな、僕の好きだった頃そのままだ」
さり気なく投下されたイグレシアスの発言により、ジャスパーの意識は定員オーバーの馬車へと引き戻された。
この上なく愛おしげな目を床で眠る赤毛に向けるイグレシアス。
それを眺めながら、ジャスパーは自戒する。もしも自分がアイアゲートをこんな瞳で見つめた場に、エドモンド殿下が居合わせたなら。
表情を変えることなく、辺境に砦を築く役をグレイ家にふるに違いない。誰もが必要性に疑問をもつ砦を。
そして出来上がれば、今度は永遠に続くグレイ家による砦警備の始まりだ。
皆変化した。公子はアイアゲートに「結婚は?」と聞きもしなかったが、出身地は王国と書き換えられ、妃殿下となり、リリー・アイアゲートでいる時間は皆無。
全てが変わった。と思っていたけれど公子の「変わらない」を聞いて、本質が変わらなければ他は些末なことだと思い始めた。
先ほどから考えが散らかる。ジャスパーは軽く頭を振った。
「あの頃だけでなく、今もお好きでしょうに」
口が勝手に動いた。
殿下には、気を悪くする様子もない。
「今日はありがとう、ジャスパー君。ずいぶん難しい判断だったと理解している」
謝意を示すイグレシアスに。
「いえ、私も楽しみましたので」
「君も?」
わずかに意外そうに言われた。
「それほど自由闊達な生活は送っておりません、私も」
無言のイグレシアスに言葉を重ねる。
「ですから、またいらしてください。殿下を口実に皆を集めます」
イグレシアスが僅かに笑む。
「ありがとう。僕からは君達に何を返せるだろう――もらうばかりだ」
ジャスパーもまた微笑した。
「困った時には友を頼る、そうお約束ください。正面きって動けなければ、ツテを辿り打開してご覧にいれます」
友情は一方通行ではいけない。
「私が国を捨てた時には、殿下の援助をあてにします」
どこまでも真面目に言うジャスパーに、イグレシアスが白い歯を見せる。
「君に限って、そんなことにはならないだろう」
ふたりでアイアゲートの寝顔を眺める。暗くて微かにしか見えないが、ふっくらとした唇は少し開いて今にも寝言が聞こえそうだ。
「欲しいものは、手に入らないんだね」
ひとつしかないものだから。心の内をそのまま言う気になるのは、暗い夜道をひた走る空間にいるせいか。
「偶然ですが、私も時折そう考えます」
「帰るまでにもう一度会えるかな? いつかのようにふたりで飲むのはどうだろう」
「明日でも明後日でも。都合をつけます」
ジャスパーの即答に、イグレシアスは嬉しそうに頷いた。




