遠い国から来た友人・8
帰りの馬車。あれほど気をつけた――と思う――のに、結局スカートを砂だらけにしてしまったリリーは、座席ではなく足元の床に座った。
「どうか座席に」とジャスパーに懇願されたけれど、固辞。
「 こんないい布の目に砂粒が入ったらとれないの。知っていて座るなんて、私にはできない」
リリーの訴えにイグレシアスは笑いを堪え、ジャスパーは今日何度目かのため息をついた。
馬車が走り出してほどなく、カミラとスコットはもたれあって眠ってしまった。
リリーも目が閉じそうになるのを、どうにか我慢している状態。忘れないうちに。ポケットをゴソゴソすると、ジャスパーが注視する。
「大丈夫、さっき靴下をいれたのは反対のポケットだから」
安心させて出したのは、丸く平たいコイン大の金属に穴を開け紐を通しただけの簡単ペンダントだ。
紐はリリーが絹の縫い糸を数えてよりをかけ手組みした。固く編んだので滅多なことでは、切れたりしない。
「はい、これ、公子に」
公子のお国のイメージである赤に金糸を少しだけ組み込んだ。暗くて何も見えないだろうけれど。
イグレシアスが両手で受け取る。
「これは?」
「教会でこれを見せれば泊めてくれる。もし逃げているなら、匿ってくれる。理由は問われない」
信じがたいだろうから、丁寧に説明する。
「それで私のところに聖職者から知らせが来るの。そうしたら、私何もかも放って駆けつけるわ。だからね、足の一本や腕の二本がなくなっても、頑張って教会まで行って」
「生やしてくれるの?」
公子ったら、何を言うのか。リリーは目を丸くした。
「まさか。そんなことできるわけない」
これは、きちんと「できる事」を教えなくては。
「慣れない土地では教会の位置がわからないでしょう? だから私が最寄りの教会まで道案内するわ。正確には『私の声が』だけど」
「ん?」
わけがわからないと、声を上げたのはジャスパー。
「公子は私の声を信じて進んでくれればいいの。近隣国の教会の位置は把握しているから、正確性は高いわ」
こう見えて私、地理に詳しいので。
リリーは顎を上げた。自信があるのは、坊ちゃまに異能で落としてもらったからだ。
国教派聖女になり、他宗派とも会議でご一緒する機会ができた。そこで坊ちゃまが金にモノを言わせて……ではなく「良いお付き合い」から入手した教会の配置図だ。
その知識をペンダントヘッドに付加した。




