愛を伝える日の貴公子・2
ロバートの耳に、子供らしい驚きの声が届いた。
「うわぁ」
眉ひとつ動かさないエドモンドにあわせ、ロバートもこれといった反応をすることなくグラスに酒を満たす。
音を立てて勢いよく浴室の扉が開いた。
「坊ちゃま、大変! バラが入っていてお湯に入れない」
目を丸くしたリリーが、興奮気味にエドモンドに報告する。
「――お前はフラワーバスを知らないのか。それは薔薇の香りを楽しみながら入浴するものだ。そのまま浸かれ。花を湯から出したりするな」
「ええっ!? ……お花がもったいない」
「花など惜しまずともいくらでも咲く。つべこべ言わずにさっさと入れ。湯が冷める」
いくらでも咲く、それは言いすぎでは。
ロバートはリリーのキラキラとした眼を微笑ましく思いながら、エドモンドの言葉に異を唱える――腹のうちで。
この大公家の薔薇は、一年中咲かせる為にバラ園と温室とで専用の庭師が細心の注意を払い栽培しているもの。
それをまさか湯に入れると思わなかったロバートは、中でも特に良い花を選りすぐり束にさせた。
湯舟に浮かべるならば極上のものでなくともよかったのに。
ロバートがついそう考えるほど、大公家の薔薇には価値がある。
つまらなそうに指先で浴室へと追い払うエドモンド。
リリーが「はぁい」と応え、扉に手をかけた。
閉まる直前、隙間から顔だけを覗かせる。
「すごくいい匂い。坊ちゃま、ありがとう……おじ様も」
照れたように言いすぐにドアは閉められた。
「フラワーバスなど珍しくもないのに、あれは本当にものを知らない」
どうということもない。そう口にするエドモンドの口角が僅かばかり上がっているのに気付くのは、ロバートくらいだろう。それくらい微かな笑み。
物を知らない、というなら家令としてロバートも主に一言申し上げたい。
あなた様は兄君が奥方様になさって感激された話を思い出して、考えなしに「この薔薇でフラワーバスにしろ」とご指示なさったのでしょうが、これは大公家では夫が新妻にする「愛の伝え方」です、と。
指示された時は逡巡したが、リリーの驚き喜ぶ顔を見たくて若き主を止めなかった自分にも非がある。
そして実行してしまった今となっては、エドモンドに真実を伝えることは叶わない。
浴室からは花で遊んでいるらしいリリーの、いつもとは違う水音がする。しばらくは出てこないに違いない。
「――花を噛ったりしていないか」
のぼせるのではないかと心配するロバートとは違い、飲みながらエドモンドはそんな事を考えていたらしい。
まさか……ありうる。
「あまりに長くなりましたら、お声がけ致しましょう」
何も薔薇を食べなくともリリーの好きな菓子ならここにある。ロバートは皿を片手に頷いた。




