遠い国から来た友人・6
イグレシアス公子がいらっしゃるから、ジャスパーは護衛の心構えとして油断していないのだろう。でも靴を脱がないのは、ただ単に主義に反するからのように思える。
ジャスパーとグレイ家の馭者は当然、スコットも体術剣術はそこそこいける。そしておそらく男子は、短刀を所持している。
まあ、ここは危なくないしね。
リリーがそんなことを思っていると、自然にイグレシアスが手を引いて、波打ち際までリリーを誘った。
寄せる波が足首まできて、心地よくくすぐったい。踏み出しては戻る事に夢中になっていると、イグレシアスがポツリと言った。
「手紙でオーツ先生に『アイアはどうしていますか』と尋ねたら『忘れた方がいい』と言われたんだ。それで来てしまった。先生は呆れていらしたけどね」
リリーがおじ様から聞いたのは「イグレシアス殿下のご縁談がまとまりそうだから、独身最後の旅行のようなもの」という別の話だ。
「私ひとり忘れられたら、悲しい」
リリーが心境を吐露すると、イグレシアスは目を細めた。
「君の言う通りだ」
直後何かを踏んだ、小さな貝だ。拾うためにしゃがもうとすると、強く手を引かれた。
「服が濡れるよ」
そうでした。おじ様が一緒なら着替え一式が魔法のように出てくるけれど、今日は汚したら替えがない。
イグレシアスが優しく笑う。
「色々と聞きたいことはあるけど、君が元気ならいいんだ」
ふさわしい返事の見つからないリリーは、無言でいるしかない。
「細かく聞くと心配になって、うちに連れて帰りたくなるからね」
あえて明るく、長い睫毛を音がしそうなほど大げさにパチンとさせておどける公子に、なんと返せばいいのだろう。
「公子、アイアゲート」
振り返ると、ジャスパーが、絶対に靴の濡れない位置から小難しい顔つきで呼んでいた。
「どうしたのかな? 行こうか」
イグレシアスとリリーの繋いだ手に頑なに視線を向けずに、ジャスパーが告げる。
「支度が整っておりますので、ここで夕食にしませんか」
――まさか。
急な思いつきで来たのに、そんなことができるはずはない。
上げたリリーの視線の先、砂浜から階段を上がった高い位置にある別荘の庭に、灯りが見えた。この貸し別荘は夏の間ずっと坊ちゃまが借りている。
だから誰も来なくて安全だと、専用の砂浜に皆を案内したのだ。
ジャスパーを盗み見ると、それだけでリリーの疑問は明確に伝わったらしく、肯定された。




