遠い国から来た友人・5
「いえ、職場は違います。アイアゲートは、ただ今特殊な職務に就いておりまして」
リリーには苦しい言い訳と思えるのに、ジャスパーの声に揺らぎがないせいか、「そう」とイグレシアスはあっさり引き下がった。
「卒業するとなかなか合う機会もなく」
「学生時代とは違うからね。それでも君達が羨ましいよ」
「お待たせしました」
リリーがふたりの間に割り込むと、イグレシアスが心底おかしそうにする。
「本当に裸足になったんだ」
「足の指でお砂をきゅっとすると、気持ちがいいの。ユーグ殿下が教えてくれた」
公子も脱げばいいのに、と誘う気持ちを含ませる。
「ユーグ殿下?」
覚えのある名らしく、イグレシアスが聞き返す。
「隣国ベルナール家の御方です。いらした折に、どなたかとそのようなお話をされていたのを、アイアゲートが小耳に挟んだのでしょう。警備を担当することもありましたので」
失敗した、と思った。今はリリアンではなくリリー・アイアゲートだから、ユーグ殿下と面識があるのはおかしい。
リリーの失言を取り繕うべくジャスパーがそれらしい説明をする間に、スカートの少し短くしようと、裾を結ぶ。繭のような形になった。
膝から下がむき出しでも、スカートが砂まみれになるよりはずっといい。
「そういえば、もらった釘がさっそく役に立ったよ」
イグレシアスが話題にしたのは、リリーがお餞別にと渡した痛み止め効果を付加した釘のこと。
そんなひどく痛むような事が? どこかにケガを。緊張したのはジャスパーも同じだ。
「奥歯が生えてきたんだけど、それが本当に痛くて」
「へ?」
肩透かしをくらい気の抜けた声を出すリリーに「僕は痛みに弱いんだ」とイグレシアスが打ち明ける。
さらに声をひそめて。
「本当は、君を身近に感じたくてそれを口実に使ってみた」
「え」
つられて小声になったリリーに、流し目をくれる。
ジャスパーはあらぬ方向を向いている。「私はなにも聞いていません」といった態度だ。
「効果は絶大だった」
「お役に立ててよかったです」
ケガでなくて何よりだと、リリーは胸を撫で下ろした。
「僕も君を見習おうかな」
呟いて靴を脱いだイグレシアスは、靴下なしの素足だった。公国紳士にはあるまじきことだけれど、靴もリリーの見慣れたものと違い柔らかな革でできている。これがお国風なのだろう。
「本当だ。砂の熱が心地いい」
「でしょう?」
分かってもらえた嬉しさに得意げになるのは、仕方ない。
「濡れるのは嫌? 」
「少しも嫌じゃない」
イグレシアスが悪戯っぽく瞳を煌めかせて聞くから、リリーも鼻に皺を寄せて笑う。
さて、のけ者にするのはかわいそう。リリーがジャスパーを見上げた瞬間――。
「誘わないでください」
きっぱりと断られた。
さすがは公国を代表する紳士のジャスパー――公国一の貴公子は坊ちゃまだけど――人前で靴は脱がない主義らしい。




