遠い国から来た友人・1
ジャスパーは「イグレシアス公子(本当は王子)が、非公式に公国を訪れる」と、リリーに知らせた。
オーツ先生に相談したいことがあるらしい。
オーツ先生は趣味性の強い雑貨を扱う商社を経営しているので、商いの話が主なのかもしれない。とはリリーの考えだ。
リリーの愛用するマグカップは、その店のイチオシ商品で「エドモンド殿下」の似顔絵つき。
「目の前に本人がいるのに、お前はなぜカップを眺める」と坊ちゃまがおっしゃるので、ご不在の時しか使えないのはリリーにとって残念なことである。
そして公子より、友人であるジャスパーに「会う時間は取れないだろうか」とお尋ねがあった。カミラとリリーの都合がつけばぜひ一緒に、とのご要望。
さて困ったのはジャスパー。リリー・アイアゲートは公都にいないどころか名前を変えて別人になっている。王国出身の国教派元聖女であり、エドモンド・セレスト殿下の妻リリアン妃こそ、イグレシアス公子の知るアイアだ。
リリーも「う――ん」と唸った。
「どうかなさいましたか、奥様」
いつものように居間で過ごしていたリリーが宙を睨むので、ロバートが声をかける。
声など出せるのは、坊ちゃまエドモンドが出掛けているから。坊ちゃまには下手をすると考えていることが見通されてしまう。異能は便利だが、リリーにはちょっと困る時もあるのだ。
「どうしたものか、と思って」
「お困りごとならば、ご相談ください」
ロバートの口調は穏やか。
「おじ様には言えないわ」
「……ならば、エドモンド様に」
リリーが激しく首を横に振る。
「もっとダメよ」
ロバートの顔に多少の警戒が浮かぶ。
「もう少し待って。方向性が決まったら、おじ様にはちゃんと言う」
心配させてしまうのは本意ではない。にっこりとするリリーに対し、ロバートの表情は明るくない。
「方向性……」
「そうなの、おじ様。方向性」
公子には会いたい。なぜならこの機会を逃すと次はいつになるか、わからないから。
定期船が行き来するようになったとはいえ、近い国ではない。ううむ、どうしたものか。と考えながら、しっかり会うつもりでいる。
リリーの前にコトリと音を立てて小皿が置かれた。干したイチジクがいくつか乗っている。
「噛みながら考えますと、よい案が出るそうでございます。お茶の時間が近いので少しだけ」
おじ様ロバートはいつもの微笑に戻っていた。つられて手を伸ばすリリーに。
「何ごとも、奥様のなさりたいようになさるのが一番かと存じます」
いつもおじ様は私の味方をしてくれる。リリーはほんのりと温かな気持ちになった。
いえ、坊ちゃまが味方じゃないというわけではなく。なんて、しなくてもいい言い訳などしてみる。
「おじ様、カミラにお手紙を書くわ。紙をちょうだい」




