番外編 ピンクのハートは誰のもの・9
わかりやすくギクリとした。
「おしゃべりしてた『可愛い、こんなにキレイな石見たことない』って。誉めるとなんだか石が嬉しそうだったから」
「見るたびに?」
繰り返されては後ろめたさが増す。
「……見るたびに」
坊ちゃまエドモンドが机に両肘をつき組んだ指に顎をのせた。尊大な態度がよくお似合い。
「預かっていた石は返すつもりでいた。形はお前好みだと思ったが、歪みが気になったからだ」
「それがこのコの良さなのに」
「『この子』」
それもまた可愛いと思うリリーと違い、エドモンドは左右非対称であることが気になったらしい。
「議会の後、待たせていた宝石商と会った。他のピンクダイヤを持ってこさせていたが、この石を見てすぐ『こちらの石はもう持ち主を決めてしまったので、他では売れない』などと言い出して引き取りを拒否された。なんでも、その商人は石の気持ちが分かるそうだ」
そういう異能もあるのか。そして石は言葉を理解するものでなんと意思もあるらしい。
「半信半疑だったが、真実味があったので聞き入れた。そして、戻ったら柱にお前がはりついていたというわけだ」
「最初から知っていたなら、そう言ってくれればよかったのに、坊ちゃま」
恥ずかしさも手伝って苦情を述べるリリーに。
「新たな遊びをみつけたのかと、邪魔はせずにおいた」
さらりと返して薄く笑む。
「他の女にでも渡すと思ったか」
もし女の人にあげていたらそこに突入するつもりだっただろうか。そこまで考えていなかったと、自分でもちょっと驚くリリーを眺めるエドモンドが、意地悪く聞く。
「その場に乗り込んで、どうするつもりでいたのだ」
「できれば『他のにして、それは私にください』って言いたかったけど。ダメそうならせめて貰うのがどんな方か知りたかったの」
両手で頬を押さえても恥ずかしさは少しも軽減しない。
「宝石は妻以外には贈らぬものと、お前は知らなかったようだな」
コクコクとうなずく。
「私はお前以外に贈ることはない。だから――」
だから? 真剣に耳を傾ける。
「次から石に話しかけるな。石だけではない、物に呼ばれて話し相手をするな。おかしな物ばかり集まって館が騒々しくなっては、かなわない」
端正な顔を嫌そうに歪めるのがおかしくて、笑ってしまう。
「少しも笑えない」
言われて慌てて真顔を作る。
「坊ちゃま、この石を私にください」
「初めからお前のものだ。それほど眺めていたいのなら、指輪にすればいい」
坊ちゃまは、昔から私の欲しいものを私より知っていて。素敵なもの、可愛いもの、大切なものは全部坊ちゃまがくれた。世界は坊ちゃまを中心に回っている……は、ちょっと嘘。
「可愛い石は大好きだけど、私が一番好きで大事なのは坊ちゃま」
「知っている」
エドモンドは誰もが見惚れるような笑みを浮かべた。
「工房に寄って帰るか。急がせれば愛を伝える日に間に合う。タイアンの妃も『可愛いもの』に目がないそうだ、自慢してやれ」
「馬車のなかで、ここ二日のお話を聞いてね」
「あの退屈な舞台の話は、無しだ」
「え、すごく面白かったのに」
「お前のセンスは演劇に関しても少し難アリだな」
断言され微妙な気持ちになるリリーを、エドモンドが紅茶カップを片手に眺める。
「やはり数を観る必要がある。これからは歌劇も行くとしよう。私は観劇に飽きているが、お前にはまだ必要だ」
「私も本当に時々でいいかも。坊ちゃまのお仕事のない日は、一緒にお家でのんびりするほうが好き」
リリーが考え考え口にすると、エドモンドは「おや」という顔をしてから穏やかな眼差しになった。
「でも、毎日坊ちゃまを追いかけるのは楽しかった」
正直に告白する。同じような事があったら、きっとまたついて歩く。気持ちは伝わったらしい。
「好きにしろ。お前のする事で私が困ることなど、何ひとつない」
いつかちょっと、ちょっとだけ困らせてみたいような気がする。
リリーがちらりとエドモンドを見れば、金茶の瞳が「出来るものなら、してみろ」と言わんばかりの余裕を湛えている。
先は長いし「いつか」でいいものね。リリーは「私の可愛いピンクの石」にご挨拶をしようと、手を伸ばした。




