番外編 ピンクのハートは誰のもの・8
店から戻ったロバートが告げる。
「あいにく、席は埋まっておりました。ですが、おひとりでお食事をなさる紳士から『相席でよろしければ』と親切なお申し出をいただきました」
思わぬ展開にリリーが落ち着かない様子になる。
「相席? 女の人?」
「いえ、紳士です。……かなりご立派な」
「おじ様もご一緒?」
「いいえ」
じゃあ止めておく、とすぐにでも言いそうなリリーにかぶせる。
「楽しいお時間になると存じます。先様はそのおつもりでお待ちですので、お早く」
「え、え?」
困惑気味のリリーはそれでもロバートの手を取って馬車から降りた。
「おじ様の『立派な紳士』って、坊ちゃまだったのね」
肩を落として呟くリリーの前には、さっきまで館で一緒にいたエドモンドが座っていた。やはり個室だった。
「今日はお得意の変装はいいのか」
「ん?」
そんなことを言われて、まさか昨日歌劇場に行ったのも知っているなんてことは……と、上目遣いにエドモンドの顔を窺う。
「真向かいの席にいて、気がつかないはずがない。もっともお前は全くこちらに目を向けなかったが」
それでついてくる意味はあったのか、と言外に滲む。リリーの口角が下がった。
「いつから知っていたの?」
「柱に抱きついてこちらを凝視していたところから。それまでは気がつかなかった」
「当たり前です――それが最初だもの」
隠れる意味はなかった。
給仕を断ったエドモンドが、グラスに泡の立つお酒を満たす。
明るい日差しの入る部屋は、まるで春のように暖かい。
チンと音を立ててリリーのグラスとグラスを合わせる。
そのタイミングで最初の一皿が出された。一口大の料理がいつくも彩りよくのっていて、物珍しい。
ピンクダイヤのことなどすっかり忘れて、リリーは食事に取り掛かった。
肉料理が済んだところで。
「お前がつきまとっていたのは、これのせいだな」
エドモンドが内ポケットから出したのは、引き出しにあった小箱。
「中を見たのか」
聞かれて素直に認める。
「最初は筆記具を借りようと思って。そうしたら箱から開けて欲しそうな感じがしたから、つい。いけないとは思ったけど、言わなかったら分からないと思ったの」
最後のほうは声が小さくなった。
エドモンドが瞬きで先をうながす。
「箱を開けてみたら、見たこともないくらいキレイで可愛いハート形の石だったから、何度でも見たくなって。いろいろ借りるふりをして、一日に何回も見てたの」
「――見るだけ、か?」




