番外編 ピンクのハートは誰のもの・3
幾人かの議員と共に訪問者の挨拶を受ける、公国一の貴公子と名高い夫エドモンドを、柱に隠れて見つめるリリー。
そのまた後ろから見守るロバートに足音を立てないようにして近づいたのは、弟殿下タイアンの侍従長ファーガソンだった。
「先日はご助言をありがとうございました、ケインズ殿。『何が始まったのか』と、タイアン殿下がお尋ねでございまして」
笑いを隠しもせず率直に聞かれ、早速タイアン殿下に気がつかれてしまったとロバートは知った。
もはや諦めの境地に入ったのは顔に出さず、ファーガソンと同じく声をひそめた。
「本日は『殿下のお仕事参観日』でして。奥様はお邪魔にならぬよう、ああして控えておいでです」
「お仕事・参観・日」
繰り返すなファーガソン。とは言えない。
リリー本人は、こっそりしているつもりなのだから、そう言うしかない。でないと柱の陰に隠れていることの説明がつかない。
スカートが柱の左右からはみ出し、すでにエドモンド様に存在が認知されているだろうと思ったとしても。
「『お時間があれば、宮でお茶など差し上げたい』とタイアン殿下が仰せでしたが、妃殿下はお忙しそうでいらっしゃる」
「お気持ちは大変ありがたく存じますが、本日は時間の余裕がございませんので」
何が分かったのか、心得顔で頷いたファーガソンは「またの機会に」と言い残して離れて行った。
直後、パタパタとリリーが駆け戻る。
「大変、たいへん」
「いかがされました」
「ご挨拶が終わって、坊ちゃまの退出はこっちみたい!」
それは一大事。
「奥様、お早く」
「はいっ」
ロバートはリリーの背中を押すようにして隣室へ駆け込んだ。この部屋はほぼ使うことがない。
「おじ様、お客様には何もあげてなかった」
そうでしょうとも。ロバートは脱力した。
そして今、馬車のなかでリリーは焦りに焦っている。
「坊ちゃまより先にお家に着かないと、お出掛けしていたのがバレちゃう」
いえ、おそらく。奥様がちょこまかついて移動していたのは、どなた様にも、奥様風に言えば「バレバレ」でございますと思うロバートは、主エドモンドと目が合ったような気さえする。
眉ひとつ動かされなかったから、断定はできないが。
「坊ちゃまの馬車を追い越して、おじ様」
「危のうございます」
それに追い抜いても引き離せなければ、目的地は同じなのだから前後が逆になるだけだ。
「じゃあ、近道」
子供の思う近道はたいてい遠回り。
馭者台との境にある小窓がわずかに開いて、馭者の声がした。
「殿下のお車は左へ曲がりましたが、奥様はこのままお帰りでよろしいので」




