番外編 ピンクのハートは誰のもの・2
ではどうすると言うのか。次の言葉を待つロバートとしばらく黙して見つめ合った後、リリーは重々しく告げた。
「誰かの手に渡ってしまっては、取り返しがつかない」
いやいや、見たわけではございませんが、そんな奥様がいかにもお好きそうな綺羅綺羅した石を、別のどなたかに贈るなど有り得ません。
断言できるが、家令という立場上勝手な推測で物を言うわけにはいかない。
さて、気分を変えていただくには……リリーの好きな菓子のうちですぐに出せるものなどをロバートが思案していると、考え考えリリーが問う。
「今日は議会に出たあと、お戻りになるのは夜って言ってた。お食事はどなたと召し上がるのかしら」
「議会の後、表敬訪問を受ける予定となっておりますので、合間に簡単にお済ませになるかと存じます」
経験と照らし合わせて、正解に限りなく近いであろう答えを導き出す。
「ふうん」
言い方は話半分に聞いている時のもの。リリーの灰緑色の瞳に一条の光がさす。
「おじ様。私、坊ちゃまを見守るわ」
「――――」
良い事を思いついたとリリーはひとり納得しているが、ロバートには意図がつかめなかった。
「あの可愛い石は私が欲しいけれど、誰かにあげるならせめてその方のお顔を見たいの。だから坊ちゃまが渡すところを見守るわ」
「お嬢さん、それは『見守る』ではなく『見張る』と言い表すのが適切かと」
私としたことが「奥様」と言うべきところ「お嬢さん」と言ってしまうとは、いささか動揺しているらしい。
「お嬢……ではなく、奥様に調子を乱されている」と自覚したロバートは、立て直しをはかろうと長く息を吐いた。
そんなことは気にもかけないのがリリー。
「今から行けば議会の終わりに間に合う?」
「それは、間に合いますが」
「おじ様、少し待ってて。すぐにお支度するから!」
走って部屋を出ようとするリリーを、急ぎ止める。
「お待ちください。表敬訪問の場にいきなり立ち会うのは、いかに奥様といえども難しゅうございます」
当然分かっているという風に、リリーが丸い目をきょろっとさせた。
「見張るのに堂々と姿を見せるなんてないわ。物陰からこっそり、こっそりね。見つからないようにすれば大丈夫!」
だから問題ないと頷く。
やはり見張るおつもりだったのですね、問題は大有りでございます。
ロバートは痛みそうになるこめかみをぐっと押さえた。
――平穏な一日はどこへいったのだろうか。




