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大人の階段を上がる日・4

「そろそろ返してもらおう」


 今まで身じろぎひとつしなかったエドモンドの声がした。


 いつから目を覚ましていたのか。そこは問わずにロバートが頼む。


「エドモンド様、失礼ながらこちらまでお越しいただけませんか。私ではお嬢さんを起こさずにそちらまでお運びするのは難しいかと」


 聞こえよがしに溜め息をついたエドモンドが立ち上がる。


 ロバートがチェストに腰かけたままのリリーから慎重に体を離し、そこにそのままエドモンドがはまった。

 ぐらりと揺れたリリーの頭を丁寧な手つきで自分の胸へと寄せている。


「これに愁いは似つかわしくない。すべて取り払ってやりたいと思うが」


 そうは言っても保護者がいる以上、出来ることは限られる。


 一番良いのはロバートがひき取り、娘として育てる事だと思われるが、リリーの母親はそれを許さないだろう。


 リリーを一生金蔓(かねづる)にするつもりだろうとロバートはみている。


 また無理に引き離そうとしても、母親がすがればリリーは母を見捨てたりはしないに違いない。

結局今のような支援を続けるより他にない。



「次からはコーヒーを出すな」

不意にエドモンドが告げた。


「髪でいつまでも遊ばれたあげく、耳をくすぐられるのはかなわない。私には茶にしろ。ここでは今後コーヒーは飲まん」


 最初から起きていらしたのですね。ならそう仰れば――と思うロバートは例によって今夜も言葉を飲み込む。



 ロバートの返したリリーを隙間なく包むように抱いたエドモンドが、窓の外へと目を向ける。


「思うように生きられる者など、そうはいないと思われるが。これの望みは叶えてやりたい」


向かいの窓の灯りを眺めて若き主が呟く。


「『思うように』かは考えたこともございませんが、私は今の立場と仕事に満足しております」


 しばらく黙した後に伝えたロバートに、エドモンドが薄く笑む。


「それなら私も似たようなものだな。煩わしく感じることも多いが、これにしてやれるのはこの立場あってこそだからな」



「今夜は寝台に寝せてみるか」

思い付きを口にしたエドモンドが、ロバートに目で指図する。


 早急にベッドメイクをしろ、と言っている。

いつも火から離れたがらないリリーを、寝台で寝かせるのは初めてだ。


 他の部屋に火の気がない今夜、リリーを寝せるのはこの寝台だろう。


「畏まりました。ただいま」とロバートは即座に動きながら考える。


ところでここは主寝室。

若き主はどこで寝るのだろう、と。



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