坊ちゃまとおじ様と私・2
リリーはエドモンドの手をぐいぐいと引っ張って進んだ。
「帰るなり、なんだ」
帰宅を待ち構えていたリリーに「コートを脱ぐ前に」と、肌寒い森へ連れ出されたエドモンドが、疑問を口にする。
リリーが小走りでも、脚の長いエドモンドは平然とついてくる。初めて会って市場を通り抜けた時を思い出し、リリーの頬がゆるんだ。
気持は手を通して坊ちゃまに伝わっているかもしれない。
見つかるかどうか。森のなかなので、目印もない。見上げてキョロキョロと探しながら行くと。
「宿り木か」
リリーの探しものに思い当たったエドモンドが、一点を指さした。
そうあれだ。少し大きくなっているので、たぶん同じものだ。リリーは、そこだけ明らかに種類の違う葉でこんもりとした部分を見つめた。
願掛けをした宿り木が願いを叶えてくれたのだから、お礼を言いに行かなくてはと、ずっと思っていた。
あの時は恋人同士がするものとは知らなかったけれど。
「坊ちゃま」
昔ほどお顔は遠くないけれど。見上げれば、エドモンドはためらいなく片膝をついた。
「まさか、またさせられるとは」
え、そうじゃない。リリーは曖昧な顔のまま固まった。
「また願いごとをするのだろう、早く言え」とまで言われてしまっては、「今日は木にお礼を言いに来ただけなので、坊ちゃまは膝をつかなくていいし、キスもしません」と言う勇気はない。
なぜなら、勘違いをした坊ちゃまに恥ずかしい思いをさせてしまうから。
「死ぬまで一緒にいられますように。できれば私が先でお願いします」
願い事を無理にひねり出せば、おかしなことになった。結婚式でもあれほど手間がかかったのだから、お葬儀はどれだけ大変なんだろうとちらっと思っていたのが、反映されてしまった。
誤魔化す気持ちを込めて、坊ちゃまの額に唇をつける。顎がぶつからなかったのは、成長の証と言えよう。
「なんだ、それは」
大満足のリリーに対し、坊ちゃまエドモンドは気に入らないようで、不満をあらわにする。
「歳からしても、先は私だ。お前はあとからゆっくり来い――どちらにしても、飽きるほど先の話だ」
私も願いを口にしたのだから。そう言ってリリーのうなじに手をまわして、顔を近づける。
「キスは唇にするものだ」
キスをして、おでこをつけて離して。すん、と音がした。誰? そうおじ様も一緒に来たのだった。
見られていたのを照れくさく思いながら振り返ると、おじ様が指で目頭を押さえていた。見慣れない様子に、リリーまでぐっとくる。
「ロバート、もう涙もろくなる歳か?」
からかう坊ちゃまの声は温かい。続けて苦情を言う。
「――お前は肩で涙を拭くな。コレを泣かせるな、ロバート」
「失礼致しました」
少し鼻声で、おじ様が即座に謝る。
「気が済んだのなら戻るぞ。お前が冷える」
言いながら、エドモンドがリリーを子供の頃のように縦抱きにした。
「わああっ」
久しぶりで、なんだか申し訳ない気持ちになる。それに高すぎて落ち着かない。
「坊ちゃま! ありがとう。でも、もういい」
断れば。
「まだ私より小さい。ずっと抱かれたいのだろう?」
遠慮なく抱かれておけ。このまま館まで行ってやろう、などと軽く言う。
良い笑顔をされると、それ以上お断りはしづらい。リリーは思いついてエドモンドの頬に、指でハート形を描いた。
「やめないか」
迷惑そうに顔をしかめるので、片頬だけにする。
かわりに後ろから来るおじ様に小さく手をふる。おじ様も振り返してくれた。
坊ちゃまとおじ様と私。ずっと一緒にいられますように。すっかり遠くなった宿り木にもう一度願う。
「その願いは、木にしなくていい。叶えるのは私だ」
坊ちゃまはいつだって優しくてお願いを叶えてくれる。リリーは、エドモンドの肩に回した手に力をこめた。
もう幸せは怖くない、と。
番外編の短編「亡国の姫と夢騎士と貴公子と家令」「清純な乙女と吸血鬼と貴公子」が別にあります。
長きにわたりましたお話は、これにて完結です。
ここまでお付合い下さいましたことに、感謝いたします。
感想をくださった皆様方のおかげで、坊ちゃまエドモンドとリリーの幸せ物語となりました。お礼申し上げます。
そしてブックマークをして読んで下さった読者さま。安心して進むことができました!
評価を頂きました皆々さま、推進力になりました。ありがとうございました☆
この後評価をくださろうという読者さま。
ぜひぜひ甘めでお願いいたします☆
もちろん私から皆様への感謝の気持は最大です!
この後は「地味顔」での「ジャスパー純愛編」を予定しております。
またお目にかかれますように。




