坊ちゃまとおじ様と私・1
ガーデンパーティーでは、恐れ多いことながら坊ちゃまのお父様と踊った。
いくらダンスが不得手でも、せっかくのご配慮をお断りすることはできず、ひょっとしたらと望みをかけた坊ちゃまも、止めてくれなかった。
リリーが覚悟を決めて臨めば、意外なことに踊りやすかった。自分は案外ダンスが上手いんじゃないかと、調子にのりそうだ。
「プルデンシア共々、無理のない範囲で馴染んでくれればよい」
離れ際にそう声をかけていただいて、ほろりとくる。他国から嫁いだ者同士という意味かと思うけれど「本当は生粋の公国人なんです、私」とは絶対に言えない。
ユーグ殿下はタイアン殿下にかまわれて迷惑そうにしているのに、どこか嬉し気にも見える。また子犬をもらう話の流れになっていて、ユーグ殿下が断りきれるかどうかは甚だ怪しい。
後嗣殿下ご夫妻とは最低限の挨拶のみ交わした。「大公もこれまで似たようなものだった」と、坊ちゃまから聞いたので、頂点に立つ方はそういうものだと理解している。
「なぜ、泣きそうになる」
大公が何か言ったかと、坊ちゃまが顔を険しくしたので、違うとリリーは首を横に振った。
「幸せだと思って」
そんなことかと、笑い飛ばされる。
「『怖い』などと言うな。これくらいで怖気づかれては、何もしてやれない」
いつかも聞いた言葉を、坊ちゃまがなぞる。これ以上はないと思うのに、まだ上があるのか。
「幸せ過ぎて、めまいがする」
「言い方を変えても同じだ」
あえてだろう坊ちゃまの渋い顔がおかしくて、リリーは顔をほころばせた。
結婚式から二週間。暖炉の季節になった。
聖女の職を辞したものの、支部長という新たな肩書を得た。実際に切り盛りするのはエリックだから、今までとすることはあまり変わらない。人前に出る機会が減ったくらいだ。
リリーは迷ったものの「したいことが思いつかないのなら、見つかるまで、慣れた仕事を続ければいいのではないか」という坊ちゃまの助言を受け入れた形だ。
荘園の館で、暖炉の火を眺めながら「夢がかなった」と思う。暖炉のある家に住んで、毎日甘いものを食べて、遊び相手はずっと坊ちゃま。それが夢だった。
知らず小難しい顔をしていたらしい。おじ様が「どうかなさいましたか」と、甘くしたミルクを出してくれながら言う。
坊ちゃまの帰りを待つ間にお腹が空いたと思ったのかもしれない。違う。
「坊ちゃまは、もうお帰りになる?」
「お茶の時間より少し遅れるとおっしゃっておいででしたから、もうじきでしょう」
ならば。前から思っていた事を今日実行しようとリリーは決めた。




