貴公子の花嫁さまは魔性の聖女です・2
結婚式の後はガーデンパーティー。もちろん着替える。裾が地面に着くようでは、気になって仕方ない。着かないギリギリでお客様にも失礼ではない丈のドレスを作ってもらった。
柄は花嫁らしからぬ緑色と深緑色の格子柄。公国の伝統的な柄のひとつだが、女性のドレスに使うのは極めて珍しい。王国出身の聖女がまとう事に意義があるらしい。可愛く動きやすいので、リリーには何の文句もない。
支度が済み少し気を抜いていると、手伝ってくれていた女性達がさささっと退出した。
どうかしたかと注目していると、入れ替わりに訪れたのは、なんと坊ちゃまのお母様である大公妃だった。
慌てて最上級の礼を取り、頭を下げたままにする。
「――かわったドレスね。それも王国流かしら」
いえ、こちらは国産でございます。が、ご感想のようなので返答は控える。
楽にしてよいと言われて、リリーはゆっくりと顔を上げた。もちろん視線を合わせるような不躾な真似はしない。
さすがは大公妃さま、リリーより豪華でこの国で最高の地位にいると誇示する装いがよくお似合いでいらっしゃる。顔が整い過ぎると中性的になると言うけれど、本当に坊ちゃまを少し女性的にしたくらいに感じる。
「エドモンドは、異能持ちを妃に選ぶのだとばかり思っていたわ」
上から下までしげしげとリリーを眺めて美貌の大公妃は、平坦な口調で述べた。
「あの子の事をよく知りもせず、見目にひかれて結婚したのでしょうけれど。あの子はね、話せるようになってすぐ、わたくしに言ったのよ『どうして、こんな事もできないのか』と」
美しい顔が歪むと怖い。大公妃が異能持ちでないことは、周知の事実。後嗣殿下もタイアン殿下もお妃様は、異能持ちではない。
「能力主義で他人を見下すことの多いエドモンドには、あなたも馬鹿にされてばかりでしょう。承知の上で嫁ぐのだから泣き言は言わないことね」
いえ、私は異能持ちですし。ちっちゃい坊ちゃまは、異能を持たないお母様に疑問をもたれただけ。おそらく子供がよく言う「大人なのにこんな事も知らないの」と同じ意味で、貶める意図は少しもなかったと存じます。
おじ様の気持ちが、わかる。思っても口にできない言葉は多い。おじ様が坊ちゃまに言わないのと同じく、私も何も申し上げられはしない。
お話に合わせて、ちゃんと困った顔ができているだろうか。自分の表情に自信が持てずリリーは頭を垂れた。
それを「うなだれている」と解釈したらしい。大公妃が小さく息を吐いた。
「あのエドモンドを誑かした魔性の聖女と聞いたから、どれ程したたかな娘かと思えば……。花嫁は父親と踊ってから、新郎と踊るものよ。――親も無いそうね?」
大したこともない上に親もいない、と言われてさらに深く頭を下げる。
「父親役にわたくしの夫を貸して差し上げるわ。それならエドモンドも人前で花嫁を軽んじる態度は取らないでしょうから」
は? リリーは腰を折ったまま、つい顔を上げて、大公妃に目を向けた。「わたくしの夫」は大公陛下では!?
咎めもせずつまらなそうにこちらを見る表情は、坊ちゃまを彷彿とさせる。
「わたくしはエドモンドと合わないから、あなたとも親しくはしない」
いいわね? というようにキリリと片眉が上がる。
大公妃が靴音を立てて背中を向けると同時に、扉が外から開いた。
「どうしても困ったら、タイアンを通しなさい」
顔を向けずに言い残して、威厳のある後ろ姿で颯爽と去る。
これって。身体を起こして、緊張した腰に両手をあてて思案する。扉は開いたままだ。
――どう考えてもご親切では。
坊ちゃまとは少し違う高貴な薔薇の香りが、リリーをふわりと包んだ。




