愛され聖女と実質グレイ侯・2
大公がエドモンド殿下と聖女の結婚を認めたとの公式発表はないものの、貴族なら皆知っていること。
あらためてジャスパーに言うまでもない。
そして大公妃と後嗣殿下にはその話題は避けたほうがいいとも噂されているらしいが、直接お目にかかる機会もないので気にしないでいる。
「スコットとカミラの結婚が決まりました」
ジャスパーの知らせに、リリーの顔がほころんだ。
「いつ?」
「春だそうですよ」
答えたジャスパーが注意深く様子を窺っているとわかる。
「お祝いに伺えなくても、嬉しいわ」
「やはり――ですか」
なぜジャスパーは痛ましそうな表情をするのだろう。頷きを返しながら、キレイに笑えているといいけどと思う。
靴で身長を少し高くし、お化粧で印象を変え声を作っても、昔の友人知人を完璧に騙すのは難しい。
カミラやスコットといて楽しくなってしまえば、なおさらだ。そして新郎新婦に気を遣わせる。そんなことは、したくなかった。
大丈夫、あなたがそんな顔をしなくても。
「前に言ったけど、新しくリリアンとして仲良くなればいいの。でもまだその時期じゃないのよ」
話を変えるために。リリーは背中にあてていた小ぶりのクッションを掴んで、ジャスパーに押しつけた。
「はい、これどうぞ」
手早く説明する。
「ユーグ殿下は、馬車に従者を同乗させないで、おひとりで乗ることが多いの。お向かいの座席に百合の飾りをつけていたのは、殺風景に感じるせいかと思って。ジャスパーもひとりが多いでしょう? だからあげる」
「何か……ついていますね」
「羊執事のロブ」
ワンポイントで刺繍を入れてみた。自分でしたわけじゃない。そんな事をしたら人様にお見せできない物になる。
そうではなく――ジャスパーの懐疑的な視線がおかしくて、リリーはくすりと笑った。異能を使ったともう気付かれた。
「さすがは、ジャスパー。存在感をつけたの。これなら一人で乗ってても寂しくないでしょう? それに気配があれば、車上狙い対策にもなる」
私の気配に似ているのはわざとじゃなくて、そうしかできなかったせい。
ため息をつかれたので、ため息を返して続ける。
「帰りに話しかけてみて。聞いてる雰囲気がするから。素晴らしいのは効果が半永久的なこと」
持続性は素晴らしい。機能が生活の役に立たないだけで。膝の上に乗せれば少し暖かいかもしれない。オーツ先生と遊びながら作ったけれど、正直、需要のない失敗作だ。
「殿下は、このことを?」
「知らない。役に立たないものを作ったことまで言わないわ」
考える顔つきで「そうですか……。これを他にも配るつもりですか」オニキスの瞳がじっとこちらを見つめる。
「ひとつで満足よ。作るなら別のものにする。先生とも話したけれど、多少の防犯にしかならないもの。欲しがる人はないわ」
使い途がないからあげるとは言わないけど、そういうことだ。物言いたげな実質グレイ侯に、言ったら? と目顔で促す。
「あなたは、本当に罪な方ですね。アイア」
どこにどんな罪が。首を傾げるリリーに、ジャスパーは視線を合わせることなくクッションを膝に置き直した。




