愛され聖女と実質グレイ侯・1
今年の冬はきちんと聖女として働こうと思った。去年は王国から戻ったばかりで何もしなかったし、来年は聖女職を辞するかもしれない。
既婚者となっても続けられないものか。先日、そう坊ちゃまに相談すると。
「物ごとに例外はつきものだが、長く続く組織には頭の固い者が多い。それが古い文化を守るのに適した思考でもあるから、一概に悪いとも言えないが――変革を穏便に進めようと思えば、年単位で考えるべきだ」
このまま続けるのは難しいと説明してくれた。そして「聖女でいることに拘らなくともいいのではないか」と、リリーとは別の考えを示した。
「聖女であれば国教派に属し、活動に制限がある。が『元聖女』ならば名はそのままに自由度が増す。お前がしたいのは布教ではないのだろう?」
なるほど、聖女リリアンではなく元聖女リリアン。リリーは大きく頷いた。
日々それなりに多忙で、先々のことを考える余裕はないけれど、もとより国教派の教えに心酔して聖女を志したわけではない。
坊ちゃまのお言いつけと、みんなの協力とユーグ殿下のお力添えにより、夢にも思わなかった聖女になった。
注目を集め尊敬されたいというような気持ちはない。社会の仕組みに関わるような事は坊ちゃまに任せて、せめて自分の食べる分くらいは稼ぎたい、という考えは甘いだろうか。
などと考えつつ、年末の挨拶に支部を訪れる人々との面会を着々とこなしたリリーが一息ついているところに、「弟子の」エリックが、新たな客の訪れを告げた。
「ジャスパー・実質グレイ侯がお越しです」
エリックの真顔に、つい吹き出した。義父であるグレイ侯は自領に居を移して半分隠居のようなものと聞く。そこから来た冗談だろう。
「お通しして」
ほどなく、遠方から来たとは思えない整然とした装いで、ジャスパーが現れた。
多忙に決まっているのにこんな片田舎まで来てもらって申し訳ない。型通りの挨拶をしそうなジャスパーに先んじて、不要だと断る。
「エリックしかこの部屋へは来ないから、いつも通りで大丈夫。お変わりない? ジャスパー」
椅子を勧める。
「ええ。あなたもお元気そうで何よりです」
言いながら、ジャスパーは包みを二つ並べた。
「こちらは当家から。そしてこちらはポロック家から預かりました」
ポロックはスコットの家。この包みは献金だ。スコットが父に「リリアン聖女とリリー・アイアゲートは同一人物だ」と話したのだろう。
支部の維持にもお金がかかるとエリックが時折こぼしている。頂けるのはありがたい。
「神は常にあなたの隣りにいらっしゃいます」
それらしい言葉を澄まし顔で言えば、ジャスパーが可笑しそうにする。
「なあに?」
「いえ。聖女らしさも板についてきたと思いまして」
期間限定だけれどね。リリーは肩をきゅっと上げた。




