貴公子の砂の城は頑強です・2
「すごい! 見て、坊ちゃま。砂のお城がある」
リリーが歓声を上げた。視線の先にあるのは、ロバートが探し出した名人の手による砂の城だ。
砂の城と言えば、もろく壊れやすいものの代名詞だが、公国一の貴公子は簡単に崩れることなど許しはしない。
しっかりと練った砂で作ったうえに、表面には接着力のあるものが塗られている。これは比類なく頑強な砂の城なのだった。
「キレイ。すごい。びっくり」と目を輝かせるリリーを、「お前の語彙力の無さはどうしようもない」などとつまらなそうに眺めているエドモンドが、実は上機嫌だと、ロバートにはわかる。
「少し小さいか。増築するか?」などと軽口を飛ばすことからも、それは推察できる。
「する」即座に返し、城の真横に膝をつこうとしたリリーを、エドモンドが急ぎ止める。
「またにしろ。これから食事なのに、手が汚れる」
「汚れたら洗えばいいわ。そこに水はいっぱいある」
作る気満々のリリーは、海水とはベタつくものだと知らないらしい。
だから子供に冗談は通じないと何度もお伝えしておりますのに、エドモンド様も懲りない事で。以上を家令が言葉にすれば。
「お嬢さん、本日はあいにく道具がござせんので、増築工事は次の機会にお願いいたします。それまでに揃えておきますので」
リリーは残念そうにしながらも「そうする」と引き下がった。
日が傾き、海岸では初夏の風が心地よい。今いる別荘は借りたもので、まだ売買交渉中の物件だ。リリーが気に入った様子を見せれば、主は決めるだろうとロバートは考えている。
砂は白くないので、テーブルセットの下には大きな白布を敷いた。今日は裸足ではなく、海岸といえどもディナーである以上、公国一の紳士エドモンドは上着を着用している。
早めの食前酒から始めて、篝火が存在感を増す頃、ロバートは砂の城の窓ひとつひとつにキャンドルを置いた。予想通り美しく、ゆらめきは幻想的ですらある。
砂の城にじっと見入るリリーの横顔を眺めながらグラスを傾けるエドモンド。邪魔にならない位置で待機するロバート。
「生がいいと信じてたの。余計なものがないって、直接的に粘膜に触れる気がするでしょう? もともと少しぬるっとしてるから。でも、タイアン殿下に新しい世界を教わったわ。トロトロのクリームがこぼれないように、下には厚めのクッキーを敷くの。そこに蜜が染みて、ぐじゅっとなってるのもまたいいの」
「まて」
身振り手振りを交えて熱弁を振るうリリーを止めたのは、エドモンドだ。「なに?」と目で問うリリーに、確かめる。
「お前の言うのは『桃は生食が一番だと思っていたが、タイアンの雇う菓子職人の作るクリームの詰まった桃のデザートは、また新しい味覚の扉を開けた』で、合っているか」
せいかい。とリリーが頷く。エドモンドの端正な顔に呆れが浮かぶ。
「お前の語りを聞いていると別の話に思えてくる」
「最初から最後まで桃の話よ」
「――そうだろうな」
エドモンドがすぐに譲ったのは、張り合うにはあまりにも内容がくだらないせいだろう。




