雨の日に売れない花を抱えて・1
雨の日は、花が売れない。
靴には水が染みてくるし、スカートの裾は地面に跳ね返る雨水を吸って、時間が経つ毎に重くなる。
家に戻りたくてもそうはいかない。雨で仕事の無くなった男が母の客になるからだ。
時々忘れられる事もあるが、部屋のドアの脇にある窓の格子には来客中を意味する古びた赤いリボンが結わえてあるはずだ。
「なんだ。シケた顔してんな」
配達で通りかかったついでに、トムが声をかけてきた。トムは市場で一番大きい肉屋の三男。リリーより少しだけ年上で、自分が覚えた事をすぐに教えてくれる気のいい友達だ。
「こんな雨で花も売れないのに、シケた顔以外どんな顔ができるって言うの?」
楽しくもないのに笑えるものか。笑顔は花を売る付属品だ。無駄に笑う必要はない。雨で人通りも極端に少ない。これでどう笑えと言うのだ。と思うがトムに当たっても仕方がない。リリーは無愛想な顔をするに留めた。
「お前女なのに、その物の言い方なんとかしろよ」
「じゃあトムが花を買ってよ。そしたら私、笑顔になるわ」
即座にリリーが言い返すと「友達相手に商売するなんて、どうしようもねぇな」と呟いた。
「トムがシケた顔がどうのとか、小うるさいこと言うからでしょ」そう言うなら花を買って欲しい。
いつものように二人でぎゃあぎゃあしている横を、黒塗りの馬車が雨のなか水を跳ね上げながら、通りすぎた。
「今日も元気そうだな」
ミルクティー色の髪と金茶の瞳。この国で最も身分の高い一族の特徴を備えた青年が、口にした。上着は脱いでいるが、プレスの効いた白シャツはおろしたてのようにどこまでも白い。隅々にまで行き届いた気配りに、階級の高さがわかる。
馬車の肘掛けに腕をのせ、外を眺める視線の先には、花売りの少女と同世代の男子の姿があった。二人とも子供らしく、何事か楽しげに言い合いをしている。
「ええ本当に」
向かいの座席から中年男性が答えた。先月リリーに道案内を乞うた「おじ様」も先日同様、仕立てのよいスーツをきっちりと着こなしている。
「何か分かったか」
リリーの姿が見えなくなっても、青年が視線を窓の外、街の雨景色に固定したまま問うた。
「はい。まだ途中ですのでご報告は控えておりましたが、ある程度の調べはついております」
「道中これと言って話すこともない。分かったところまで聞こう。裏は取れていなくとも構わん」
さして興味も無さそうな口振りで促され「承知致しました」と「おじ様」は紙片を見るでもなく語り出した。