魔性の女・2
「姻戚が増えれば、また外交が増える。あれほど挨拶ばかり必要か? 面白みもなく同じ事の繰り返しだ。――私が言ったと、他では言うなよ」
わざわざ他で言いませんし「大公がこうおっしゃった」と言っても誰も信じませんよ。と思っても、口にはしない。タイアンは手を伸ばせば届く位置を歩いているが、その後ろから来る侍従とはかなりの距離が開いている。父子の会話は、文字通りここだけの話だ。
セレスト家の子供は、大人とは別棟に暮らし世話をするのは専門の使用人という、いかにも高位貴族らしい育ちで、父には常に敬語を使う。
「父上」と呼ぶこともなく、どうしても呼ばなければならない時は「陛下」だ。父の本音を聞く機会もなかった。誰の前でも君主らしく振る舞っている父には珍しい発言だ。
プルデンシア姫との結婚が父の意に沿うものだったことで、気の緩みを生じたか。諸外国から要人を招いた盛大な結婚式が済み、安堵して他者に優しくなっているか。
それなら少し踏み込んでも許されるかもしれない。
「明日の昼食会にはベルナール家も招いたと記憶していますが、リリアン聖女を同席させるのはいかがでしょうか」
招待客すべてを招いた晩餐会と違い、明日の昼食会は「内々に親しい方を招いたもの」という位置づけだ。出席すればリリーに箔がつく。
不測の事態に備え、席は数席余分に準備してあるものだ。ひとりやふたり増えても困らない。
「お前まで、宗教にかぶれたか?」
これが軽口なのか苦言なのかがわかるほど父に親しんではいない。タイアンは無言でやり過ごすことを選択した。
「まあ、よい。エドモンド抜きなら許す」
たいして考えることもなく許可が出た。エドモンドは、父から見れば「魔性に誑かされ宗教にかぶれた」らしい。
エドモンドがいなくてもユーグがいれば、リリーが失態を演じることもないだろう。父の気が変わらないうちに。
「早速伝えます」
「お前も早く休め。明日も朝から予定が隙間なく入っている。ひとつとして疎かにしてはならん」
歩く速度を落とさずに言うこれは「供はここまででいい」という意味だ。
「お気遣いに感謝致します。では、これにて」
即刻壁際に寄り立ち止まったタイアンの前を、頭を下げた侍従が幾人も通り過ぎる。
早く知らせねば、リリーと兄は帰ってしまう。「余計な真似を」とエドモンドは露骨に嫌な顔をするだろうか。
タイアンは廊下を軽い足取りで戻って行った。




