魔性の女・1
結婚式当日の晩餐会。一番に退席する大公――つまり父――の供をしたのは、タイアンだった。
いつもなら後継ぎである兄が大公夫妻である父母のすぐ後に従うが、結婚を祝う晩餐会に限りタイアンの地位が兄より高い。今夜は兄も母もまだ会場だ。
「ベルナールの息子の隣席にいた娘が、エドモンドを誑かした魔性か」
廊下を行きながら振り向かずに言われて、タイアンはすぐには理解がついていかなかった。リリーに魔性を感じた事はないし、聖女に魔性は響きが不釣り合いに思える。「魔性の聖女」それはそれで興味をひかれるが、彼女ではない。
「彼女は王家の後押しを受けた聖女です。候補である頃から、ユーグ殿下が目をかけていたと聞きます」
ひとまず明確な返答を避けた。ふん、と小馬鹿にする様が後ろにいても伝わってくる。父からすればユーグは名を覚えるまでもない王子なのだ。
「グレイの息子とも親しくしていたようだが」
そこはエドモンドが最近グレイを取りこんだようだからな、と続く。
「親しく」と言うが、グレイ家とリリーの席は離れていた。目礼か、交わしたとしても一言二言の挨拶程度のはずだ。
何くわぬ顔で細かく観察していたらしい父は、意外なことに「リリアン聖女」が、リリー・アイアゲートという名で学院に通い、ジャスパー・グレイと首席を分け合ったとは、把握していないらしい。王国人だと信じている。
今の発言からみるに……とタイアンは思案した。
リリーをエドモンドから遠ざけようとしたのは父兄連合だと思っていたが、実は別で。「修道院へ行かせよう」という暴挙は兄が単独でしたこと、と結論づけた。
父に聖女の素性を黙っている兄の意図がどこにあるかは不明ながら、今となっては兄でも真実は明かせない。リリーはこの先ずっと、セレスト家にとっては王国出身のリリアン聖女だ。
「――良いのではないか」
不意に言われて、戸惑う。
「隠し事の出来ぬ素直な気質のようだ。妙な野心もなく、低いながら爵位もある。女男爵だそうだな」
公国では、聖女といえども爵位がなくては、大公と同席できない。
「素直な気質」と感じるのは、エドモンドが作ったバックドアにより、父もリリーの感情を掴みやすいせいだ。
しかし、これほどの効果があるものか。エドモンドが術を改良しているか、オーツが勝手に何かしらしているのではないかと思うと、あの二人の組み合わせが空恐ろしくもある。
「ひとりくらい毛色が違っても構わない」
父からの思いがけない言葉の連続に、タイアンは自分の耳を疑った。




