佳き日のこと━━エドモンド殿下・2
坊ちゃまエドモンドの手がうなじに触れた。結った髪とティアラに気を遣ってだとわかる。それだけでドキドキしつつも、温かい気持ちになる。
「実によいティアラだ。タイアンがすぐに似たものを作らせるだろうな。目測していた」
照れてお礼を言いかけて、気がつく。「似合う」とか「かわいい」とか一言も言われていない。坊ちゃまが誉めたのは私じゃなくてティアラだ。
むぐっと口を閉じ直したリリーを面白がって「お前に似合う」と付け加える坊ちゃまは、いつもながらにお人が悪い。
そんな意地悪な坊ちゃまでも、つい相談したくなる。姫のことだ。
「うまく話せたかどうか、よくわからない」
「後ろから見る限り、決着はついたように思うが」
――決着。
「坊ちゃまとタイアン殿下は、ご存知だったの? ……姫と騎士のこと」
はっきり言えば「姫の騎士へのお気持ち」。リリーの見る限り、騎士は姫に対しあからさまな意思表示はしなかったから、今日の場合は「姫から騎士への」だ。
隠すつもりがないようで、すぐに肯定された。
「それ含みで王家とは話がついている。騎士が貴婦人に敬愛を捧げ忠誠を誓うのは文化だ。域を越えない限りタイアンが咎めることはない」
姫の持ち込む文化は嫁入り道具のひとつのようなもの。
「姫の随行員の身上書から持参品のひとつひとつに渡るまで、全てこちらに届けが出ている。国交の盛んではない国に嫁ぐのに女ばかりでは不安だろうと、近衛騎士のうちでも特に姫に忠実な者を選出したと聞く」
忠実。忠実ならば姫が逃げたいとおっしゃれば、止めるのではなく、どこまでも付いてきて守ってくれて食べさせてくれるのか。
それはスゴイ。リリーの感心する気持は坊ちゃまに伝わっているはずなのに、取り合わず淡々と説明が続く。
「かの国では近衛騎士は王族ひとりひとりに専従する。仕える先が男子ならば良いが、姫殿下では嫁入りと同時に失職する。次は王家で一般騎士となるか、貴族のお抱え騎士となるかだ。王族の身近にいることを誇りに思っていたなら、本人は降格と感じるだろう」
それなら姫に付いて嫁ぎ先に行くほうがいいと考えそうだ。他国では心細いに決まっている。私だってみんなに頼りに頼った。姫も同じだろう。両者の結束も高まる。公国に騎士はいないから、従僕となるが。
「タイアン殿下は、それでいいの?」
「使用人は使用人だ」
つまり「対等の立場でないから気にも止めない」。
それを言うなら。私はまだ行儀見習いのお給金を頂いているから、坊ちゃまの使用人。でも余計なことを言って貰えなくなるのは嫌だから、お口に鍵をかける。
坊ちゃまと私はなんだっていい。だって坊ちゃまは、他の人に恋したりしないもの。
じっと見つめる先で、坊ちゃまの目元が和らぐ。
「さて、ユーグもそろそろ着く。人が大勢いる前で久しぶりの再会を楽しめ」
首筋を撫でる長い指をそれ以上はダメと肩で挟みながら、リリーは「はい」と良い返事をした。




