佳き日のこと━━エドモンド殿下・1
「無事解決か」
坊ちゃまの声がする。リリーが振り返れば、ずっとそこにいたかのようにエドモンドがたたずんでいた。
婦人会の集会所を出たところで「私はこのまま大聖堂へ向かいますので」とプルデンシア姫に頭を下げた。
「大聖堂へ行く途中で急に思い立ってここに立ち寄ったところ、なかから話し声が聞えた」とリリーは言い張った。
姫の迷いためらう雰囲気に「聖職者は余計な話を右から左へ伝えたりはしないものです」と、暗に口止めは不要だと告げた。
一仕事終えた達成感にひたっているところに聞こえたのが、坊ちゃまの声だ。
小さく手を広げるのは「来い」。走りたい、でもだめ。今日は急げない。
スカートを少し持ち上げないと裾が砂埃を巻き上げて、内側が汚れる。足首が見えるのは下品だと知っていても、汚れるよりはいいとがっつり持ち上げた。
まっすぐに坊ちゃまエドモンドへと進む。濃紺の上着にお化粧がついては目立つ。いつものように、頬をスリスリとできないのがとても残念。
せめてもと隙間なく身体を寄せ、背中を反らせるだけ反らして、お顔を見つめた。
今日は夜会に出かける時のように額をキレイに出した髪型で大人っぽい。これも好き――坊ちゃまはもう大人なので、この言い方はおかしい。でも、そう感じるのだから他に言いようがない。
「なんだ」
金茶の瞳がじっとリリーを見つめる。
「坊ちゃまは他の人を好きにならない」
「――質問ではなく、決めつけたか。それは聖女の予言かまじないのようなものか」
予言もまじないもできないと知っているのに、少し冷たくも見える表情はそのままで、面白がっている。
「そんな力はない。そのうち『口ばっかり聖女』って呼ばれるようになるかも」
リリーは、ふぅと息をついた。
自分だって自分のことができていないのに、偉ぶって人にお説教をしてきたことを、今になって少し後悔している。
頭を坊ちゃまにぐりぐりと押しつけて顔を隠してしまいたいのに、それもできない。
「口ばっかり聖女? お前は認定を受けた立派な聖女のはずだが。お前の発想は、よくわからない」
理解しようという気もないと伝わってくるのは、いつものこと。
「坊ちゃまは恋を楽しんで浮かれ歩いたりしない」
お前は馬鹿か、と笑われるかと思いきやそのまま頷かれた。
「私にそういった趣味はない。相手を替えてもすることは始めから終いまで同じだ。何度もしたいものではない」
坊ちゃまは頭が良すぎるから、一度で恋愛の真髄を捉えてしまい、興味を失ったのだ。すごく納得できる上に私にとっては喜ばしい。
「お前が考えていることは的外れのように思うが、機嫌がいいならそれでよい」




