佳き日のこと━━タイアン殿下
タイアンが控え室のある建物から外に出たタイミングで、姫と騎士が戻って来た。
目が合い一瞬浮かべた後ろめたい表情を、瞬きの間に打ち消した姫はさすがと言える。その後ろには神妙な態度の騎士。
こちらからは「弁明したい」と色濃く伝わるのを、目配せひとつで「不要だ」と退けた。
職務を忠実に果たしている彼に、他に望むことはない。タイアンの意思は正しく伝わったらしく、騎士から生真面目な目礼が返った。
「いかがでしたか、大聖堂は」
下見をして少しは緊張が解けましたかと問えば、姫が言葉に詰まった。
「お国とは作法も違い戸惑われるでしょうが、結婚式は僕も初めてです。間違う時は一緒ですよ。揃って誤れば誰に指摘されることも笑われる事もない。どうぞお気を楽になさって」
ことさら優しく語りかけ、微笑までする。
「殿下のお優しいお気遣い、心から感謝いたします。本当に心強うございます」
まだ頬には硬さが残るものの姫の声はしっかりとしている。これなら問題はないだろうと判断する。
「控え室までお送りしましょう」
タイアンが腕を示せば、姫は流れるような動作で手を添えた。
今までと姫の気持ちが切り替わっていると腕から伝わる。
これは飛びきりの桃を探さねばならない。クリームには卵を使うのだったか。良い卵からより美味しいクリームができるのかは知らないが、最高の卵を産む鶏探しから始めるべきだな。
仕事が増えたぞ、ファーガソン。ロバートはこんなことばかりをしているのか、おそらくそうだろう。と、笑い出しそうになるのを堪える。
エドモンドがどこで見初めたのかは知らないが、リリーが兄嫁として一族にいれば面白みのないセレスト家の集いも少しはマシになる。
この姫もまた違う彩りを添えてくれるはずだ。セレスト家の色に染まらない女性をせっかく見つけたのだから、長く楽しませて欲しい。
考えるうちに楽しげな気配が漏れたらしく、姫が理由を窺う様子で見上げる。
「これから最後の仕上げをなさるのでしょう? ますます美しくなったあなたを皆に披露するのが楽しみです」
姫の頬にうっすらと朱が差す。おや、これくらいで可愛らしいことだ。
「『その美しい瞳に今日は僕以外映さないで』と願えば、聞き届けて頂けますか」
悪のりして重ねると、ますます赤くなる。
「殿下ったら……」
これはこれで楽しめるかもしれない。
タイアンは、ハタハタと指先で頬に風を送る仕草をする姫を、新鮮な気持ちで眺めた。




