姫の夢想 聖女の仰天・4
「お食事の用意は? 市場が近くにないなら、朝市の開いている時間にあわせて出かけて食材を買って来て、煮炊きをしなくてはなりません。そして汚れた鍋や食器を洗うのも、家にいる者の仕事です」
人を雇えばいいと思われるかもしれない。
「人を雇おうと思ったらその分稼がねばなりません」
姫が働けるはずもない。働くのはウンベルト騎士だと言外に含ませる。
「二人分の生活費だけでなく使用人の給金分まで稼ぐには、仕事を掛け持ちして休日なしで働かないと足りません。『殿下に楽な生活を』と思えば、一緒に過ごす時間は今よりずっと減ります。だって起きている時間は、ほとんど働きに出ることになりますから」
内職もあるか。
「殿下はきっと刺繍がお上手でしょう。ですが大したお金にはなりません。刺繍よりまだお金になるのは服の仕立てです。服は基本、自分で作るか古着を買うかです。平民は自分で作らなければ、新品の服はそうそう着られません」
装身具を売ればお金になる。でも。
「身につけている宝飾品を売るつもりなら、止めたほうがいいです。私はそれで足がついて居場所が特定されました。古物は売る時に色々と聞かれます。古物商や質屋が殿下方の風貌を語ったら、すぐに見つかります」
ラピスラズリからおじ様が見つけてくれたのは、私にとっては幸いだったけれど、逃げ隠れしていたら正反対の感想を持つはずだ。
姫の意気が消沈したのを感じる。それはウンベルト騎士も同じらしく、剣から手を離し軽く指を屈伸させた。
どうやら思いとどまってくれたよう。後は「そろそろお戻りを」と言うだけでいい――が、いらぬ口出しついでに言ってしまおうと思う。
リリーは、花を売っていた時に客受けの良かった笑みを、意識して浮かべた。
「なにより、もう遅すぎます。今日は『最後の機会』じゃない。最後の機会は婚約前だった。そこで決心できなかったのなら、公国に遊びにいらした後でした。国に戻られてお好きな方と子を成せばよかったのです」
さすがに「そこで黙していらっしゃるウンベルト騎士と」とは言えない。
「妊娠が傍目にも隠しきれなくなってから、タイアン殿下に辞退を申し出ればよかった。タイアン殿下は逆上してお金を請求するような方じゃありません。内心はどうあれ、表向きは快くひいて下さったことと思います」
きっと姫の気持ちなんて、タイアン殿下は最初からご存知だ。貴族の結婚では釣り合いを何より重視する。殿下はその考えに忠実なだけ。
一番いいのは子を二人くらい産み公妃としての地位を確立し、タイアン殿下がお外に堂々と恋人を持つようになってから、ウンベルト騎士を恋人にすることだ。
リリーが思うに、タイアン殿下は「自分の浮気はいいけど妻は駄目」などと言わない。
お貴族様は恋愛を遊戯のひとつとして楽しむと聞く。坊ちゃまは別。
「できる事できない事、したい事すべき事を整理してお考えになることをお勧めします」
言いながら「ひとにお説教できるほど立派だった? 私」と、ちらっと頭をよぎるけれど、棚上げにしなければ何も言えないと打ち消す。聖職者とは偉そうな口をきくものだ。
長く話し過ぎたかもしれない。
「プルデンシア殿下、そろそろお時間です。控え室にお戻りください」
リリーはにっこりとした。




