姫の夢想 聖女の仰天・1
敷地内に、建物は大まかにいって三つ。さきほど殿下方がいらした本日は控え室として使われる迎賓館のような建物、別に食堂や炊事場のついた生活棟とでもいうべき建物、そして大聖堂だ。
迷子になる心配はない。なぜなら過保護なことに、先に異能で見取り図を落としてもらっているから。
私がひとりで探しに行かせてもらえるからには……リリーは踵を浮かせて歩きながら考える。
危ない場所はないのだ。とはいえ、他国からお越しの姫がおひとりで行動しているとは、考えにくい。
使用人は人に数えないものだ。護衛を連れていらしても侍女を連れていらしても、姫は「おひとり」という事になる。今もどなたかとは一緒だろう。
控え室のある建物を探すのは最後に回そうと決めた。私に頼むということは「聖女」がふらついていてもおかしくない場所、つまり大聖堂にいると考えたのに、坊ちゃまは違うと示唆した。なら、どこ。
そこまで考えて、ふと「枯れることのない泉」の水を水盤にひいた、小さな礼拝堂があると思い出した。
教会の婦人会が管理し、ほぼ集会所としてしか使われていないと聞くが、それを知らなければ、人気のない古びた小屋だ。
心を鎮めるにはピッタリと思うかもしれない。
大聖堂へ行くのに少し回り道でも先にこっち。リリーは進路を変えた。
幸いなことに気配は察知するのも抑えるのも得意で、ジャスパーに引けをとらない。昔は坊ちゃまにも通用して隠れんぼもうまかったのに、いつの頃からか全く通用しなくなった。
何もしていないように見えて、坊ちゃまも人知れずどこかで努力を積み重ねているのかもしれない。
集会所はすぐにわかった。近付くにつれて人の気配が伝わってくる。それもひとりではなく複数、二人かせいぜい三人だ。
ここで急いで靴をダメにしたら大変なこと。リリーは細心の注意を払ってじりじりと距離を詰めた。
ひとつしかない扉は、開けたまま。考えてみれば姫については名がプルデンシア様であるとしか知らない。お顔も存じ上げないし、あちらも私を全くご存知ない。
入っていきなり曲者扱いされたらどうしたらいいのか。「怪しいものではありません」と言いながら入るべきかと迷うリリーは、ひとまず聞こえてきた女性の声に耳を澄ませた。
公国語ではなく姫のお国言葉だった。公国では使える人は限られるのを知っていらっしゃるのだろう、ひそめてもいない。
「そうではありません、ウンベルト。私はあなたとならどのような暮らしでもよい、そう言っているのです」
リリーは瞬時に「聞かなかったことにして戻ろう」と思った。しかし、ここ二日食べさせてもらった好物と今後食べさせてもらう予定の桃が、かろうじてリリーの足をこの場に止めた。




