タイアン殿下の花嫁・4
「足でも痛めている?」
リリーの耳に聞き覚えのある声が届いた。タイアン殿下だ。
「靴の踵を気にしているのだろう。ドレスの裾もだ。あのように長い丈は着慣れていないから」
せいかい! これは、もちろん坊ちゃまだ。
歩きながらちらりと見れば、趣きある建物の通用口らしき場所に立ち、話しているのは、どこかの肖像画で見たような凛々しい服装の殿下方だった。
「エドモンド、あのティアラにどれだけかけたの?」
「半年弱」
「いや、そうじゃなくて――」
タイアン殿下が聞いているのは「費やした月日」ではなく「費やした金額」だとリリーにも分かるのに、坊ちゃまが露骨にはぐらかすのは、私に金額を知らせたくないからだ。
そう考えて、会話など少しも耳に入らなかったように一礼した。
「よく来た」
「エドモンド、それは僕が言うべきだろう。遠路ようこそ、お越しに感謝する。――リリアン聖女」
タイアン殿下が『聖女』と呼びかけるなら、ここから全方位に気を配る時間が始まったのだと解釈する。
「道中は、何ごともなく?」
お決まりの会話だ。
「はい、エドモンド殿下が迎えの馬車を差し向けてくださいましたので」
あらためてお礼を申し上げるつもりで、坊ちゃまにも目礼する。
それにしても、お忙しいと思うのに、こんな殺風景な所でお喋りとは少し違和感が。
リリーの考えを読んだかのように「お前を待っていた」とエドモンドは、さらりと口にした。
何となくそんな雰囲気は感じたけれど、理由に心当たりはない。
「私を、でございますか」
塀の外には分かりやすく警備員が配置されていた。見せる警備だ。
話し声の聞こえそうな範囲に人がいる気配はなくても、言葉遣いに配慮するリリーに「今は楽にしていい」とエドモンドが告げ、弟に「続きはお前から」と言うように視線を向けた。
「実は、挙式を控えて姫のお気持ちが少し不安定になってしまったらしい。姿が見当たらなくてね」
事情を話すタイアン殿下も声をひそめないので、本当にここは通常通りでいいらしい。というわけで。
「えっ!」
リリーは普通に驚きを表した。
話を引き継いだのは、エドモンドだ。
「おそらくどこかで物思いに耽っていらっしゃるだけの事と思うが。今日は普段閉め切りの部屋も開放している。私達では探しきれない上に、時間的余裕もない。お前がそれらしい場所をあたり、姫に速やかに控え室へと戻るよう伝えてくれ」
「お願いできるだろうか」
丁寧に尋ねるタイアン殿下に、リリーではなくエドモンドが請け合う。
「任せていい。これは見目より有能だ」
ひどい言い草だけれど、実力は天と地ほど違うので、格下のリリーには何も言えない。
「『人心掌握術』の項目には、先日聞いた以外の方法もあっただろう」
問われて頷く。
「『先にこちらから心を開き、自分の言葉で語りかけましょう。聖人の率直な語りは人々の心を動かします』」
リリーはスラスラと答えた。そんなもの? と疑問に思ったせいで、一度読んだだけで諳んじてしまった。
「実際にその通りか試してみるよい機会だ」
輝ける貴公子が、片頬だけで笑んだ。




