タイアン殿下の花嫁・2
支部から公都までは、馬車でほぼ一日かかる。ドレスを着たまま行くのだと、リリーは特に疑問にも思っていなかったが、町を出てすぐ、おじ様が借りた部屋で着替えた。
なんとタイアン殿下の結婚式は明後日だそう。今日ドレスを着たのは、支部で働く人々に「リリアン聖女は、これほど王家とエドモンド殿下に愛されています」と盛装を見せる為だった。
いる? それいる? とリリーは内心疑問に思うけれど、おじ様がお手間をかけるのだから、必要があるのだろう、きっと。
坊ちゃまのいない荘園の館で、おじ様とのんびり過ごして「日頃のお疲れがとれますように」と、好きなものばかり食べさせてもらった。
前から思っていたけど……坊ちゃまよりおじ様のほうが好きかも。坊ちゃまはたまに意地悪になるけれど、おじ様は一度もそんなことはない。リリーは満足のうちに「少しくらいなら、大変でも我慢しよう」という気になり、当日を迎えた。
エドモンドは軍の正装に身を包んでいた。黒に近い濃紺の軍服。肩から斜めにかけた青いサッシュにはいくつもの勲章が下がっている。
本日、式が執り行われるのは、公都にある大聖堂だ。大公家専用の礼拝堂は郊外の宮殿にあるが、各国の要人を招く場合は、諸事情によりこの大聖堂で行うことが多い。
支度は整い、今すべきことはない――が。大聖堂に隣接する建物の古めかしい窓から外を見下ろしていたエドモンドはしばし瞑目すると、新郎控室となっている部屋へと向かった。
ノックに応答したのはタイアンだった。同じ軍服にサッシュでも上着の色は赤。こちらも準備はすっかり整っている。
まだ式までかなりの間があるといっても、ファーガソンが側を離れているのは不自然だ。
「不都合があったか」
エドモンドは挨拶もなく尋ねた。
タイアンは、不意をつかれたと言わんばかりに息を呑んでから、なんとも形容しがたい笑みを浮かべた。すぐに気を取り直して話し出す。
「式の前に花嫁に会うのはどうの、という通説を知ってはいたけれど。異国では何かと不安だろうと姫の控え室を訪ねたら、姿がなかった」
軽く首をひねる仕草でおかしみを出すタイアンに付き合うことなく、エドモンドは冷えた眼差しで顎をひいて、話の続きを促した。
「それでファーガソンがそれとなく探して回っている、というわけだ」
タイアンの形の良い眉尻が下がる。
「侍女は。まさか部屋がもぬけの殻だったわけではあるまい」
「侍女はいたさ。訳知り顔で『一世一代のお式を前に、少し神経が昂ぶっていらっしゃるのですわ。落ち着けば戻られますもの、殿下はどうぞ男らしくどっしりと構えていらしてくださいませ』と言うばかりだ」
口真似をするタイアンに、エドモンドが顔を険しくした。




